「GT-R」——それは、日本の自動車史に燦然と輝く金字塔だ。1969年に登場した初代「スカイラインGT-R」は、日産自動車の基幹車種であるスカイラインをベースに、レーシングカー由来のエンジンを搭載したスポーツモデルとして数々のツーリングカーレースに参戦。デビューからわずか2年足らずで国内レース50勝を達成するなど、その圧倒的な戦績が「GT-R」神話の礎を築いた。
そして1989年にはその第2章の幕が上がる。通称〝R32〟と呼ばれる8代目「スカイライン」が登場したのに合わせて、ふたたび「GT-R」の名が復活したのである。それもまた類い稀なるパフォーマンスを武器に、全日本ツーリングカー選手権をはじめとするコンペティションシーンで数々の勝利を獲得。クルマ好きや走り屋たちを熱狂させた。
そんな日本のスポーツカーの代名詞とも言える一台が大きな転機を迎えたのは2007年。この年「スカイライン」の名を冠しない「ニッサン GT-R」(R35型)として独立したモデルが誕生したのだ。2ドアクーペ、高性能エンジン、4WDシステムといったDNAは継承しつつも、もはや国内向けのスポーツモデルではなく、世界を相手に戦う、真のスーパースポーツカーとして生まれ変わったのだった。
その実力の高さは、実際のパワースペックからも見て取れる。先代に当たるR34型「スカイラインGT-R」は2.6ℓ直6エンジンを搭載し、当時の日本車の馬力自主規制だった280psに抑えられていたのに対し、新型R35は3.8ℓV6ツインターボを搭載し、初期モデルでは480psを発生。そのうえで日産のフラッグシップスポーツカーとしてふさわしいパフォーマンスを維持するべく、モデルイヤー制を導入して毎年改良が重ねられ、現在では標準モデルでさえ最高出力が570psに達するようになった。まさに世界のライバルを凌駕するスペックである。
もちろんそのパワーだけでなく、基本骨格やメカニズムも一切の妥協がない。R35型「GT-R」は〝プレミアム・ミドシップ(PM)プラットフォーム〟をベースに、エンジンを車体中心に寄せ、クラッチやデュアルクラッチトランスミッション、トランスファーを後車軸に配置する独立型トランスアクスル方式を採用することで、理想的な前後重量配分を実現。運動性能を極限まで高めている。
そして、その「GT-R」の頂点に君臨するのが「GT-R NISMO」だ。日産自動車のモータースポーツ部門〝ニスモ〟が開発を手がけ、ターボチャージャーや吸排気系パーツ、サスペンション、ブレーキといった各部に専用パーツを与えてチューニングすることで、さらなるパフォーマンスアップを図ったモデルである。今回試乗したのは、そのNISMOモデルに精密なバランス取りを行ったエンジンを搭載し空力特性を磨き上げた「スペシャルエディション」。「GT-R」の最高峰といえる一台だ。
この2024年モデルは、フロントにメカニカルLSDを追加し、4WD制御を最適化することで、さらに洗練された旋回性と操縦安定性を実現。職人が一基ずつ手組みするエンジンは600psに達し、世界のスーパースポーツと互角に戦えるレベルにある。
そんな「GT-R NISMO」の存在感はとにかく圧倒的だ。ボディカラーのNISMOグレーに、カーボン素地をむき出しにしたボンネットやエアロパーツ、さらに赤いアクセントが映えるスタイリング。まるでSUPER GTのレーシングマシーンが公道へ飛び出してきたかのような迫力を纏っている。だからだろう、交差点で停車するたびに、通行人や観光客の視線が注がれ、カメラやスマートフォンのレンズがこちらを向く。彼らはジェスチャーで撮影の許可を求め、サムアップしながらシャッターを切る。「GT-R NISMO」は、東京タワーや渋谷スクランブル交差点と並ぶ、日本の文化的アイコンとして認識されているのかもしれない。
その様子に笑顔で応えられるのも、長い歳月をかけた熟成の賜物。サルーンのように快適とまでは断言できないが、最新型「GT-R NISMO」の街中での乗り味に極端な不快感はなかった。600psを受け止めるために強化された足回りは、路面の凹凸を細かく拾ってはくるものの、そのショックは角が丸められており、クッションの薄いバケットシートでも辛さはない。ただ、信号続きのストップ&ゴーの繰り返しは、本来コンマ数秒を削り取るために精緻に仕立てられた6速デュアルクラッチトランスミッションへの負担は大きいようで、時折ギクシャクとした挙動を見せるのが心苦しくもある。
そんな窮屈さから解放されるべく、「GT-R NISMO」のノーズを高速道路へ向けてスロットルを踏み込むと、この和製スーパースポーツはミサイルのように轟然と加速していく。ランプウェイの上り勾配など気にも止めず、600psのパワーを持ちながらまったく姿勢を乱すことなく、四輪がしっかりと路面を掴んでトラクションの高さを余すところなく発揮する。そこから生み出される加速力はまさに非日常。コンペティションマシーン由来の獰猛性が垣間見える瞬間だ。
もっとも、だからといって「GT-R NISMO」が荒々しいだけのクルマかといえば決してそうではなく、速度を上げていくごとにその走りっぷりは洗練度を増していくから痛快だ。車体はよりどっしりと安定し、路面の凹凸をリズミカルにいなしていく。状況に応じて駆動力配分が適切に行われ、とにかくクルマを前へ前へと進めていくのがよくわかる。一定以上の速度域に入ると、車体は路面に張り付くようになり、乗り心地も快適に感じられるほどになる。
ワインディングロードでもそのポテンシャルは際立っていた。高速直進性と同様に旋回時の挙動もまったく乱れることはなく、抜群の安定感を見せる。ステアリング操作に対する車体の動きも正確そのもので、約1.7トンという車重を感じさせない。重厚かつ軽快なハンドリングは、欧州製スーパースポーツと比べても引けを取らないもの。ただ、その本領を発揮するには一般道は狭すぎる。真の実力を試すなら、やはりサーキットしかないだろう。
その源流となったかつての「スカイラインGT-R」は、“羊の皮を被った狼”と評された。内に秘めたる凄み、奥ゆかしさに惹かれた人が多かったのも納得できるものだ。しかし現代の「GT-R NISMO」は違う。そのパフォーマンスを誇示し、見る者を圧倒する存在へと進化した。「GT-R」という単独ネームを名乗ったのは、日産から世界への挑戦状だったと言えるだろう。だからこそこのスーパースポーツカーが、世界の注目を集めるのは当然のこと。そんな日本の宝とも言えるモデルを所有し、操る喜びは、何物にも代え難いものである。
■AQ MOVIE
■関連情報
https://www3.nissan.co.jp/vehicles/new/gt-r/specifications/nismo.html
文/桐畑恒治 撮影/望月浩彦