マクラーレン「W1」は「F1」「P1」に続いて「1」の称号を与えられた、同社の頂点に立つ究極のロードカーである。新開発の4.0L、V8ツインターボに電動モーターを組み合わせ、システム最高出力はなんと1275ps。電動モーターをフロントにも置いたe4WDの駆動方式が常套手段だが、あえてRWD、つまり後輪駆動とした。その代わり、レースモードでは車体をいっそう低く構え、強いダウンフォースを生み出す。世界限定399台。価格は4億円以上。並ぶ数字は過激だが、「W1」の本質は速さだけにあるのではない。誰もが安心して発揮できる工夫をいかに採り入れたか、に尽きる。
そんな「W1」をイタリアのムジェッロ・サーキットとトスカーナの丘陵地を縫う一般道で試すことができた。レースパドックに置かれガルウィングドアを高々と上げたその姿は、単なる派手なスーパーカーとは少し違って見えた。低く、幅広く、空気を切り裂くためのカタチでありつつも、どこか抑制が効き上品だ。スペックから想像するような暴力的な印象はない。精密に仕立てられた道具としての完成度が見るものを圧倒する。
なぜ、1275PSもの出力を後輪だけで受け止めようとするのか。四輪駆動にすれば、加速性能も、安定感も、ラップタイムの速さだってまだしも容易に手に入る。だがマクラーレンは前輪を操舵に専念させることにした。ドライバーの手に届く感覚を残すことを選んだのだ。その代わりに空力で車体を路面へ押しつけ、軽さとシャシーの精度で速さを組み立てる。そこに、このブランドらしいスポーツカー造りの哲学がある。
まずは、一般道のテストだ。シートは車体と一体で動かず、代わりにペダルとステアリングのボックスをそれぞれ調整してドラポジを得る。レーシングカーに近い設計だが、実際に座ると不思議なほどピッタリと収まる。操作系も最近のマクラーレンに近く、特別なクルマでありながら、乗り込んだ瞬間から身構えさせるようなところはない。
V8エンジンが目を覚ます。音は太く、深い。走り出して最初に驚くのは、意外なほど穏やかに扱えることだった。低速でぎくしゃくせず、乗り心地もしなやか。路面の荒れを拾いすぎず、かといって路面からの情報を曖昧にすることもない。視線は低いが、車体の四隅はつかみやすい。4億円を超えるハイパーカーであることを忘れる、というより、その高価さがきちんと精度と安心感に変換されていると言っていい。
トスカーナのワインディングロードを走っても、高速道路をゆるやかに流しても、印象は一貫していた。ステアリングの中心付近には少しだけ余裕があり、片手運転だって許容する。車体の動きはしなやかで、かつドライバーの意図に忠実だ。アクセルを深く踏めば、当然ながら別世界が姿を現す。それでも、勝手に暴れ出すような怖さはない。力を引き出すかどうかは、あくまでドライバーの操作に委ねられていた。
この落ち着きは、ラグジュアリーという言葉を単に静粛性や快適装備で語らない人にこそ響くだろう。「W1」の上質さは、過剰な演出ではなく、操作した分だけ正確に応えることにある。速さを見せびらかすのではなく、必要な瞬間まで心穏やかにしまっておける。その余裕が、このクルマをただの怪物に終わらせなかった。
続いて、舞台をムジェッロ・サーキットに移す。ヘルメットとハンスを装着し、右ハンドル仕様に乗り込んだ。公道では抑え込まれていた力を、ここではようやく解放することができる。名門サーキットを「W1」で単独走行する。その事実だけで、すでに十分に特別な時間だった。
最初のセッションでは、コースを確認しながら7割ほどのペースで走る。それでも十分すぎるほど速い。印象に残ったのは、ブレーキの安定感と、減速から旋回へ移る動きの分かりやすさである。コーナーへ入り、向きを変え、出口で加速する。その一連の流れが、驚くほど自然につながっていく。ペースを上げると「W1」の印象は一変した。ストレートでは速度が一気に伸び、コーナーに近づく感覚も早い。
だが、ステアリングやブレーキの反応が明確なため、クルマの動きはつかみやすい。速さに圧倒されながらも、手に追えない印象はまるでない。むしろ、ドライバーが速さの中心にきちんと座っていることを常に感じさせてくれる。
このクルマのすごさは、単に速いことではなかった。速さを、ドライバーが理解しながら使えることにあった。1000PSオーバーの大出力を四輪駆動で丸め込むのではなく、後輪駆動のまま、空力とシャシーで支えている。車高を下げ、テールエンドを伸ばし、床下の空気まで味方につけた。複雑なエアロダイナミクス処理が、走りのなかでは驚くほど素直な感覚として現れた。公道での意外なほどの扱いやすさと、サーキットでの圧倒的な速さは、「W1」に備わる別々の性能ではない。どちらも、軽さ、見切りのよさ、操作に対する分かりやすい反応から生まれたものだ。必要な時にだけ、とんでもない力を解放する。「W1」は1275PSという極端な領域でも、マクラーレンらしさを失っていない。
だからこそ、「W1」は単なるスペック競争の産物には見えなかった。所有することの希少性、眺めることの喜び、そして走らせたときにオーナーのためだけに開かれる異界。それらが一台のなかで無理なく同居する。ラグジュアリーとは、過剰に飾ることではなく、余計なものを削ぎ落とした先に残る確かさだ。「W1」は、マクラーレンが考える現代のラグジュアリーを、最も鮮やかな、そして最もブランドにふさわしい形で体現してみせたのだった。
■関連情報
https://automotive-quantum.jp/8820
文/西川 淳 写真/マクラーレン