「モータースポーツこそが技術力の優秀性を何よりも端的に示す」という確固たる信念に基づき、1967年にハンス・ヴェルナー・アウフレヒトとエバハルト・メルヒャーは、メルセデス・ベンツの市販車をベースに独自の技術で改造をしたレーシングマシンを製作し、レースに出場し始めた。
彼らが造るマシンはやがてドイツ各地のレースで優秀な成績を収めるようになり、マシンの名前が必要になってきた。アウフレヒト、メルヒャーの頭文字に加え、アウフレヒトの生まれ故郷グローザスバッハのGを加える形で、AMGが誕生した。その技術力の確かさは当然、ベース車を生産しているメルセデスの目に停まり1988年にAMGはメルセデスと本格的なパートナーシップを結ぶことになった。モータースポーツに勝つためのノウハウをメルセデスに提供し、そのモデルは生産車のスポーツモデルの頂点に立つ人気車種となった。こうして力をつけたAMGはシャーシを含めた車両本体の開発も手掛けられるまでに成長。そのマシンは、メルセデスAMGと名付けられられた。
AMG独自の開発第1号は「SLS AMG」で、2009年9月に公開され、2014年まで生産された。その後も初代「GT 2ドアクーぺ」「GT 4ドアクーペ」「SL」をリリースしている。今回紹介する「GT 43 クーペ」は2代目「GTクーペ」の追加モデルだが、戦略的に重要な役割が充てられているモデルでもある。
初代の2ドア「GTクーペ」は、もともとポルシェ「911」をベンチマークして開発されたモデルだった。しかし、パワーユニットがV8、4.0Lツインターボエンジンだったので、格が上すぎた。車体も完全な2シーターだったので、2+2の「911」に差をつけられていた。ユーザーも「AMG GT」を「911」のライバルとは見ていなかった。
2代目になり、前席の後ろに可倒式の後席を標準設定とした。背もたれを倒してラゲージスペース、起こせば+2シートになる方式は「911」と同じだが、後発モデルの強味で、身長150cmまでなら(チャイルドシートは135cm)着座可能とした。
だが、パワーユニットは相変わらずV8、4.0Lツインターボだった。AMGも新しいユニットを開発していたのだろうが、実用化がフルモデルチェンジには間に合わなかった。2024年11月、2代目のフルモデルチェンジから遅れること、約5年、待望のユニットが登場した。直列4気筒2.0Lエンジンが完成したのだ。
最高出力421PS、最大トルクは500Nm。エレクトリック・エグゾーストガス・ターボチャージャーを採用した。メルセデスAMGペトロナスF1チームが採用しているシステムをベースとしたターボエンジンはアイドリングスピードからレスポンスの良い加速を体感させてくれるという。特にアクセルから足を離したり、ブレーキを踏んだりした時でもブースト圧を維持しているので、レスポンスのラグがないのが特徴だ。
9速ATはトルクコンバーターの代わりに湿式多版クラッチを採用。これもアクセルレスポンスの向上に貢献している。ナローボディーを採用した車体は高性能アルミのショックアブゾーバーと軽量コイルスプリングのAMGサスを標準で装備する。サスペンションは5本のコントロールアームで各ホイールを支える5リンク式を4輪に採用している。バネ下の重量軽減のために、コントロールアーム、ステアリングナックル、ホイールキャリアは鍛造アルミを用いている。さらに軽量化ではコイルスプリング、前後スタビライザーの肉厚の変更が行なわれている。
試乗車は、ライドコントロールサス、ダイナミックエンジンマウント、イエローブレーキキャリパー、電子制御LSD、リアアクスルステアリング、リアウイングスポーラーなどから成るドライビングパッケージ(オプション価格121万円)が装着されていたので、走行性能はさらに向上している。
さて、AMG初の4気筒モデルを搭載した「GT43クーペ」に試乗した。運転席に座り、最初に驚いたのはスタートの時だった。センターコンソールのスターターボタンを押すと同時に4気筒エンジンは目覚めたのだが、それまでのAMGエンジンとは異なり、最初の爆音は皆無。大人しく、普通のメルセデスの4気筒のようにアイドリングを開始したのだ。コンソール上の小さなシフトレバーでDレンジを選択し、走り出す。エンジン回転が上がっても音の高まりはない。試しに1速マニュアルモードにして、5000回転まで回しても、爆音は聞こえなかった。これもライバルの「911」を意識してのセッティングなのだろうか。
ドライビングポジションも運転席の着座位置はやや高めにセットすることができ、ボンネットが見える。運転しやすいポジションなので、女性ドライバーにも勧められる。乗り心地も「コンフォート」モードを選択すれば、街中ではややゴツゴツとした動きは伝わってくるが、不快な突き上げは少ない。
前は265/40ZR20、後ろは295/35ZR20という極太タイヤを装着しているが、例の5リンクサスやライドコントロールがしっかりと仕事をし、快適ともいえる乗り心地を提供している。ロック・トゥ・ロック1.8回転というクイックなハンドルは重めの操舵力を要求するが、これも淑女の手に余るほどではないだろう。
直4,2.0Lターボのスポーツエンジンも電動ターボチャージャーの働きで60km/h、6速、1300回転という低い回転数でも走行できる。もちろん、運転者がその気になれば、直4エンジンは6500回転まで一気に上昇し、0→100km/hは4秒台で走り切る。今回は試すことはできなかったが「TRACK」モードを選択すれば「GT43クーペ」は速く、楽しく、安定したサーキット走行を見せてくれるはずだ。
実用性に関しても、+2のリアスペースと、開閉できるリアゲートは使い勝手が良い。ライバルと想定している「911」よりも優れている点は多い。悩ましいのはメルセデス自身が多くの量販車を抱え、他のブランドもスーパースポーツを次々とニューマシンを送り込んでくる日本市場で、このAMG「GT43クーペ」が埋もれてしまっていることだ。
■関連情報
https://www.mercedes-benz.co.jp/passengercars/models/coupe/amg-gt-2-door/overview.html
文/石川真禧照 撮影/尾形和美