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2025.10.19

進化し続けるアストン・マーティン「ヴァンキッシュ」を操る

 初めて「ヴァンキッシュ」を見たのは、2001年のジュネーブ・モーターショーだった。その美しいボディーは、誰の目にもバランスの取れた秀逸なデザインに映ったはずだ。3代目になった今でも当時の面影を残しているほど、時代を感じさせないデザインだった。デザイナーはイアン・カラムと聞いて、おやと思った。彼はジャガーのデザインディレクターではなかったかと。謎はすぐに解けた。1990年から2000年にかけて、アストン・マーティンもジャガーも同じPAG(プレミアム・オートモティブ・グループ)というフォードが設立したモーターカンパニーの傘下だった。なので、ジャガーのデザインの面倒を見ていたカラムは、アストン・マーティンのデザインも手がけさせられたのだった。

 フォードPAGの傘下にアストン・マーティンが入ったのは1987年のこと。創業者のD.ブラウンも去り、ヒット作に恵まれない状況が続いていた。ここからアストン・マーティンのしたたかな活動が始まった。それまでアストン・マーティンが経験してきた、数知れない苦境の中で培った生き方だった。アストン・マーティンがPAGの傘下に入り、まず手がけたのはゲイドンに新工場を建設させることだった。同時にそれまでの生産拠点だったニューポートパクネルで、新しいシャーシとエンジンを造る資金も得た。プレミアムなスポーツカーを造る、という名目だった。

 カーボンファイバーとアルミの混合ボディーフレームは、現代のアストンマーティンのVHプラットフォームの基礎となった。V型12気筒エンジンも専用工場で造らせた。5.9Lの自然給気で460PS/535Nm、最高速度は300km/h超のスーパースポーツだ。車名は「ヴァンキッシュ」(打ち負かす、征服する)と名付けられた。実車に乗ったのは2003年の夏。フォードに造らせたゲイドンの工場で、「DB9」の生産が始まった時に工場見学があった。最新の生産設備の中を流れる「DB9」。そのライン見学が終わり本社屋に戻ると、駐車場に最新の「ヴァンキッシュ」が置かれていた。

 日本人の技術者がこれからテストに行くと言う。もちろん同行を希望して、「ヴァンキッシュ」はゲイドン郊外の、アストン・マーティンのテストコースに向かった。当時のアストンは、専用のテストコースを持たず、公道でテストを行なっていた。郊外のワインディングロードを「ヴァンキッシュ」は、その前に観戦をしたWRC(世界ラリー選手権)のスペシャルステージのワークスマシンのようなスピードでテストを開始した。それでも彼は僕を乗せているので80%の力で走っていた。「ヴァンキッシュ」の凄さを全身で堪能した。

 日本で初めてハンドルを握ったのは、それから数か月してからのこと。新しいプラットフォームを得た「ヴァンキッシュ」は、日本の荒れた舗装路でも剛性感のある重厚なスポーツカーの走りを体験させてくれた。「ヴァンキッシュ」はその後、パワー/トルクアップした「ヴァンキッシュS」を加え、2007年まで生産されてカタログから消えた。「ヴァンキッシュ」の名が復活したのは5年後の2012年のこと。ボディーデザインはマレク・ライヒマンだったが、カラムの「ヴァンキッシュ」のイメージを踏襲した。

 実車は翌2013年の春に日本に上陸。V12エンジンは5.9L自然給気だったが、565PS、620Nmに高められ、最高速は294km/hと発表された。当初はクーペだけだったが、同年12月にはオープンボディーの「ヴァランテ」も上陸、V12エンジンの爆音を楽しませてくれた。ところがこのモデルも2018年に生産を中止。そして2024年9月に3代目「ヴァンキッシュ」が発表され、ようやくハンドルを握ることができた。

 その前に、2代目が生産終了になった2018年頃、もうひとつの「ヴァンキッシュ」が存在していたことをご存じだろうか。名前は「ヴァンキッシュ・ザガート」。「ザガート」といえば、アストンとのつき合いは古く、1960年の「DB4 GT」から。このマシンは1963年日本GPで鈴鹿のコースを走っている。以来「ザガート」は、時々アストンをベースにスペシャルモデルを造ってきた。その最新モデルが2017~2018年の「ヴァンキッシュ・ザガート」だ。「ヴァンキッシュ・ザガート」は4タイプのボディが製作された。最初は「クーペ」、次に「ヴォランテ」、そして「スピードスター」と「シューティングブレーク」だった。

 いずれも少数台数がコレクターのために造られた。「クーペ」と「ヴォランテ」と「シューティングブレーク」は99台ずつ、「スピードスター」はわずか28台で、すべて完売。日本にも秘かにコレクターがこの中の数台は購入しているが、試乗は叶わないドリームアストン。いずれも「ヴァンキッシュ」の派生モデルだ。

 さて、最新の「ヴァンキッシュ」は、量産とはいえ、年間1000台以下の限定生産モデル。1000台の中には2025年3月に公開された世界最速のフロントエンジン、コンバーチブルの「ヴァンキッシュ・ヴォランテ」も含まれている。久々に戻ってきたアストンのアイコンモデルは、その地位にふさわしい性能を与えられていた。

 新型のV12、5.2Lのツインターボは、835PS/1000Nmを発生。ホイールベースが80mm延長された新しいシャーシで、最高速は345km/hと発表されている。ビルシュタインDTXダンパー、エレクトロニック、リア・ディファレンシャル、専用の21インチピレリ「P-ZERO」タイヤなどを標準装着している。

 久々に乗った「ヴァンキッシュ」は、例によってやや斜め上方に開くスワンウイングドアのおかげもあって乗降性はとても良くなったと感じた。室内空間も80mm延びたホイールベースの影響もあり、先代よりも窮屈な感じはしない。目の前には360km/h、8000回転スケールのスピードメーターとタコメーター。タコメーターは7000~8000回転がレッドゾーンだ。

 コンパクトにまとめられた8速ATのDレンジを選択。ESPモードは「ON」を選択し、走り出す。最初の信号停止でヒヤッとした。試乗車はしばらく動かしてなかったのか、前410mm、後380mmのディスクは、ペダルを踏んでもググッとは効かずに走る。思い切り踏んでようやく停まった。冷え切っているセラミックブレーキは注意が必要だ。

 V12、5.2Lのツインターボは勇ましい音を周囲に轟かせるが、5速1200回転からでも加速するほどトルクが太い。100km/hのDレンジ、8速で1200回転なので、ちょっとアクセルに力を入れれば、瞬時に高速道路での追い越しもできる。一方、5000回転まで回せば3速で110km/hに達してしまう。

 試しに0→100km/hの加速を計測したら、V12、5.2Lツインターボエンジンは6800回転まで上昇し、4秒台で走り切った。835PS/1000Nmを後輪でコントロールしているが、ESCとEデフは、次元の違う走りを体感させてくれる。エンタテイメントシステムも最新だ。

「ヴァンキッシュ」はアストン・マーティンのラインアップの中でもスペシャルなモデル。ダニエル・グレイグの「007」は終わってしまったが、7代目のジェームズ・ボンドはこの「ヴァンキッシュ」をどう乗りこなすのだろうか。

■関連情報
https://www.astonmartin.com/ja/models/vanquish

文/石川真禧照 撮影/尾形和美

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