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2025.10.17

ポルシェ「911」という矛盾が生み出す魅力

完全であり、不完全でもあるスポーツカー。それがポルシェ「911」だ。筆者は常々そう感じている。誕生から60年以上、「911」はRR(Rear Engine Rear Drive)という特異なレイアウトを貫いてきた。リアエンジンがもたらす絶大なトラクションは、スポーツカーとしての強烈な個性そのものだが、その一方で前後重量配分の偏りがもたらすバランスの難しさをも抱えていた。つまり「911」は完璧さと不完全さが表裏一体となった存在なのだ。

一方で「911」は、実用車のように扱える希有なスポーツカーでもある。最近ではずいぶんと大きくなったが、それでも扱いやすいサイズのボディに、快適に過ごせるキャビンと豊かな収納といった日常の使い勝手を犠牲にしない構成。類希なる運動性能と日常性を両立してきたからこそ、ポルシェ「911」は“使えるスポーツカー”として愛されてきた。

そして「911」はその独特のRRレイアウトを基本に据えながら、ネガティブな側面をひとつずつ克服してきたことも見逃せない。安定性の課題には4WDの導入で応え、さらに後輪操舵システムを設定して俊敏さと安定感を両立させた。かつての空冷エンジンは水冷へと移行し、近年では小排気量化とターボ化によって環境性能とパフォーマンスを獲得。伝統を守りながらも時代の変化を敏感に取り込み、進化を止めなかった。この挑戦的な姿勢こそが、911を唯一無二の存在たらしめてきた理由だ。コンペティションシーンでも数々の勝利を重ね、そのパフォーマンスと信頼性は強固なものとなっていった。扱いやすく、それでいて極めて速い。そんな二面性を持つクルマは「911」以外にない。

電動化を恐れぬ挑戦

その「911」が、型式名992の後期型でついに電動化に踏み出した。マイルドハイブリッドシステムの採用である。「ハイブリッド」と聞くと真っ先に環境性能の向上を思い浮かべるが、ポルシェの真の狙いはそこではない。あくまで“911らしいハイブリッド”、すなわちパフォーマンスを次の段階へと引き上げるための技術としての電動化である。それが証拠に、このハイブリッドモデルには「GTS」というサブネームが付けられる。かつての904に象徴されるように、これはポルシェの中でのスポーツ性の高さを表している。

エンジンはハイブリッド専用に開発された3.6L水平対向6気筒ターボで、エンジンとトランスミッションの間にモーターを組み込み、ターボも電動駆動化。つまり、モーターと電動ターボのダブルサポートによる新世代のt-hybrid(ターボ・ハイブリッド)システムというわけである。

このシステムにより「911 GTS」は最高出力541PS、最大トルク610Nmを獲得した。ベーシックな「カレラ」の3Lツインターボ比で147PS/160Nmもの増強を果たしながら、燃費性能はほぼ同レベルをキープ。電動化は“性能を犠牲にする妥協”ではなく”「911」の進化を後押しする武器”として導入されたのだ。

文句なしの組み合わせ

今回の試乗車は、そのハイブリッドモデル「GTS」にタルガボディを組み合わせた「911 タルガ4 GTS」である。タルガは、1965年のフランクフルト・モーターショーで初披露された「911」の伝統的ボディ形式。中央のロールバーを残した独特のスタイルは、安全性と開放感を両立するポルシェらしい合理の産物だった。

現行モデルではその特徴を受け継ぎつつ、先代991型から採用された電動開閉ルーフを採用。ルーフ開閉時にはリアガラス全体が後方へ大きく開くという凝った構造で、見た目の美しさと剛性、快適性を高次元で両立している。日本仕様はすべて4WDとの組み合わせで、全天候型のオープンスポーツとしての完成度を高めている。

「GTS」の追加と同時に行われたマイナーチェンジでは、インテリアも刷新されている。伝統的なアナログの回転計が残されていたメーターはフルデジタル化され、12.6インチの曲面ディスプレイで7種類の表示モードが選択可能。その中にはクラシックな5連メーター表示も再現される。エンジンスターターは従来どおりステアリングのドア側サイドの位置を守りつつ、スターターボタン式へ。10.9インチのセンターディスプレイも搭載され、デジタル化の流れが加速した。

とはいえ、電動化とデジタル化によって快適一辺倒になったわけでは決してない。実際の走りはむしろ“骨太さ”に磨きが掛かっていた。出力56PSのモーターが発進から加速まで力強く後押しし、リア寄りのトラクションが路面を確実に掴む。その感覚はまさに歴代「911」の味そのもの。そして、この「タルガ4 GTS」は、標準装備されるPTV Plus(ポルシェ・トルク・ベクタリング・プラス)と後輪操舵の相乗効果で、コーナリング中はまったくラインを乱すことなく、オン・ザ・レール感覚で駆け抜ける。スロットル操作への応答も極めて自然で、モーターのサポートが加わったことで、コントロール精度がより高まった印象だ。

サスペンションはPASM(ポルシェ・アクティブ・サスペンション・マネージメント)が絶妙に機能し、スポーツ走行時にはシャープな挙動を、高速では高い安定性を、街中ではしなやかな乗り味をもたらしてくれる。つまりはクルマ全体がドライバーの意志に正確に応える、ポルシェらしさに満ちているのだ。もちろん正確無比で絶大な安心感をもたらしてくれる、強力なブレーキシステムも健在である。

「911」は“記号”ではなく、未来を走る思想である

オープンエアでの爽快なドライビングと、ハイブリッドによる俊敏かつ滑らかな加速。これらが見事に融合した「タルガ4 GTS」は、まさに現代版の“完全な「911」”である。電動化によってパフォーマンスの新たな地平を切り拓きながらも、その根底にある走る歓びは一切失われていない。むしろ、より明確に際立ったとさえ言える。筆者は以前、992前期型「カレラT」の試乗記で「RRレイアウトを守り、技術の研鑽を続ける限り、『911』は『911』であり続ける」と記したが、それは今も変わらない。むしろ今回のハイブリッド「GTS」によって、「911」はその理念をさらに進化させたと感じる。エンジニアリングと情熱、そして哲学の三位一体が、未来に向けた“スポーツカーの理想形”を提示しているのだ。「911」は単なる記号やブランドではなく、ポルシェという企業が半世紀以上にわたって積み重ねてきた技術と信念の証であり、“スポーツカーとは何か”という問いに対する、不断の答えそのものである。時代がどれほど変わろうとも「911」が進化し続ける限り、スポーツカーというジャンルの未来は決して途絶えない。それをいま明確に示す存在が「911GTS」なのである。

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■関連情報
https://www.porsche.com/japan/jp/models/911/targa-models/911-targa-4-gts/

文/桐畑恒治 撮影/望月浩彦

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