スポーツカーブランドの名門、フェラーリから世に送り出される芸術品のようなクルマに胸を焦がす人は少なくないだろう。流麗という言葉だけでは言い尽くせない、躍動感と生命感を内包したスタイリング。精緻でありながら力強いエンジンと、心の奥を揺さぶるエグゾーストサウンド。その総体こそが、王者の風格と羨望を集めるオーラを生み出す所以である。
フェラーリの魅力の根幹を成しているのは、ブランド自体が備える揺るぎないカリスマ性にほかならない。その象徴的存在が、創始者エンツォ・フェラーリである。レーシングドライバーとしてのキャリアを重ねたのち、自身の名を冠した自動車メーカーを創設。レーシングカーの開発とレース参戦を軸に活動する一方で、その資金を捻出するため高級スポーツカーの製作にも取り組んだことは、よく知られる逸話だ。そして、その過程で生み出されたのが、今日に至るまでフェラーリの象徴であり続ける12気筒エンジンである。
少々私事になるが、筆者が初めてフェラーリを自らの手で運転した経験は2003年に遡る。当時在籍していた自動車専門誌のCAR OF THE YEAR企画において、ノミネートモデルとして用意された一台が、「エンツォ」だった。日本人として初めてフェラーリのデザインを手がけたケン奥山(奥山清行氏)による造形であり、創業者の名を冠した世界限定399台の“スペチャーレ”モデルでもある。フェラーリを、ましてや12気筒エンジン搭載車を自分の意思で動かすのは初めてのこと。その体験はいまも鮮烈な記憶として刻まれている。
スタイリングは、オープンホイールのF1マシーンにカーボンをはじめとする複合素材の外皮を与えたかのよう。大きく跳ね上がるドアを開け、タイトなコクピットへ身を滑り込ませると、その背後で6.0L65度V型12気筒ユニットが高密度な回転を刻み始める。その緻密な音と振動は、精巧な機械式時計の内部を覗き込むような印象を与えた。ただし当時の“小僧”だった筆者には、その性能を引き出すだけの度胸や技量は備わっておらず、いつもの箱根のワインディングロードは必要以上に窮屈に感じられた。分厚いタイヤが巻き上げた小石がフェンダーアーチを叩く乾いた音ばかりが、やけに鮮明に耳に残っている。それでもなお、65度のVバンク角を採る自然吸気12気筒が、シルキーと称されていた当時の6気筒エンジンの回転感をさらに凝縮したかのような、濃密で均質な回転を見せていたという事実だけは、いまも強く記憶に刻まれている。
その進化の最新版として、今回向き合ったのが「12 Cilindri」である。イタリア語でいうところの“ドーディチ・チリンドリ”。その名が示すのはずばり「12気筒」だ。排ガス規制の強化や電動化の潮流が世界を覆う現代において、あえて装飾や比喩を排し、象徴そのものを車名に掲げた。この選択は、フェラーリにとって12気筒が単なる動力源ではなく、ブランドの存在意義そのものに深く結びついていることを物語っている。
その12チリンドリに搭載されるF140HD型V12エンジンの源流は、筆者が初めて試乗したフェラーリ「エンツォ」に積まれていたユニットへと遡る。およそ四半世紀にわたる時間の中で、「599」や「FF/GTC4ルッソ」「F12ベルリネッタ」といった同系譜のモデルに触れてきたが、こうして再び最新の12気筒と正面から向き合う機会を得られたことには、ひときわ深い感慨を覚えずにはいられない。
実車を前にすると、フェラーリの12気筒モデルが放つ、超然とした存在感を改めて思い知らされる。フロントエンドには古典的GTの佇まいが色濃く、なかでも「365GTB/4」“デイトナ”への敬意が読み取れる。一方で、その造形処理は2024年発表のV6スペチアーレ「F80」や、2025年に登場したV8プラグインハイブリッド「849テスタロッサ」に通じる、現代フェラーリのデザイン言語に貫かれている。
ひと昔前までのフェラーリGTは、どこかエレガントさを前面に押し出した存在だった。しかし「12チリンドリ」は、その系譜にありながら、より明確にレーシーな空気を纏っている。フロントのスプリッター、力強く盛り上がるフェンダー、そしてデルタ形状を基調としたリアセクションの面構成。それらが躍動感を視覚的に強調し、走り出す前からその資質を雄弁に語りかけてくる。
“デイトナ”スタイルのバケットシートへ身を沈め、センターパッド直下のタッチ式スターターに指先を添えると、フロントでV12が短く鋭い息を吐き、すぐに静かなアイドリングへと移行する。そのわずかな瞬間だけで、これが“普通のエンジン”ではないことが理解できる。回転の立ち上がりに淀みはなく、手塩にかけて仕立てられた伝統工芸品のように、ムラや乱れを一切感じさせない。
スロットルを踏み込むにつれて、高音域の伸びと音量は鋭さを増していくが、その所作に粗さは微塵も感じられない。空恐ろしいほどに洗練され、官能的でありながら獰猛。その走りも、軽やかさと重厚さという、相反する資質を高い次元で両立させている。後輪操舵の採用により、長いノーズやワイドな車幅を意識させることなく、クルマは細かく意のままに向きを変えることができる。
とりわけ印象に残ったのが、ステアリング奥に配された大ぶりなカーボン製パドルの操作感である。ストロークは十分に長く、確実で、触れた瞬間にドライバーの意志が機械へと伝わる。そこには、かつてのゲート式シフトが持っていた「決める」という作法が息づいており、現代的な電子制御と無理なく融合している点が興味深い。
たしかに830PS/678Nmという数値を、公道で使い切ることは現実的ではない。しかし「12チリンドリ」は、速度を誇示せずとも、低中速域からでも自然に愉しさが立ち上がる。その懐の深さこそが、このモデルを単なる高性能車ではなく、成熟したグランドツアラーとして成立させている最大の理由だろう。
「12チリンドリ」と向き合うほど、その立ち位置はより明確になる。6気筒や8気筒がピュアスポーツの性能追求を担う一方で、12気筒は成熟したドライバーのためのグランドツアラーとして、フェラーリの哲学を最も純粋に体現する存在である。大型モニターやサンルーフ、各種運転支援機能といった装備は、一見すると従来のフェラーリ像から外れて見えるかもしれない。しかしそれらは、伝統に安住することなく、時代の要請を受け止めながら進化を続ける姿勢の表れにほかならない。
世界が電動化へと明確に向かい、CO₂排出量や効率が絶対的な指標となりつつある現代において、自然吸気V12を存続させる判断は、企業合理性だけでは説明がつかない。にもかかわらずフェラーリは、それを手放さない。その姿勢には、文化を継承するブランドとしての自覚がにじむ。
たしかに出力値はいずれ塗り替えられていくが、火が入る瞬間の音や、指先と鼓膜に届く鼓動の粒は、身体の記憶として残り続ける。フェラーリとは、速さやパワーの尺度だけで語られるブランドではない。人の人生のなかで、瞬間の昂りを刻み込む存在なのである。
「12チリンドリ」を前にして、筆者はあらためて願わずにはいられない。伝統と革新の均衡を保ちながら、フェラーリがこれからも心を揺さぶる機械であり続けることを。単なる高性能車ではなく、所有と操る歓びを含めた体験として存在し続けてほしい。「12チリンドリ」は、そんなブランドの哲学を、確かな説得力をもって思い起こさせてくれる一台だった。
■AQ MOVIE
■関連情報
https://www.ferrari.com/ja-JP/auto/ferrari-12cilindri
文/桐畑恒治 撮影/望月浩彦