1903年、ヘンリー・フォードがガソリン自動車を造り始め、T型フォードが発売された時から、アメリカの人々にとって自動車は生活道具になった。以来、米国の自動車は、低価格で実用的なクルマとして成長していく。一時期、高級車やスポーツカーも造られたが、長続きはしなかった。その米国で2人乗りのスポーツカーの「コルベット」が誕生したのは1953年のこと。時は第2次世界大戦が終わり、多くの米兵たちが国に戻ってきた時だった。
その多くの米兵の中には当然、将校たちもいた。彼らは欧州から本国に戻る時、スポーツカーを持ち帰ったという。ジャガー、MG、トライアンフ、オースチンヒーレー、モーガン、ポルシェ、アストンマーティン、フェラーリなど、様々なヨーロピアンスポーツカーがアメリカの道を走り始めた。当然、米国の自動車メーカーの重役の中にもスポーツカー好きがいたので、この光景は刺激的だっただろう。だが、これまでのアメリカの自動車は大衆の足として発達してきたので2人乗りのクルマなんて彼らにとってはありえなかったばずた。
米国の自動車メーカーが2人乗りのスポーティーカーを発売した時「コルベット」だけでなく、フォードも「サンダーバード」を発売している。しかし「サンダーバード」はすぐに後席を設けた2ドアセダンに変わってしまったのだ。おそらく、ヘンリーフォード以降の〝クルマづくり〟の道に戻ったのだろう。しかし「コルベット」は独自の道を歩みはじめた。アメリカンなスポーツカーを目指したのだ。燃料となるガソリンも豊富にあり、国も広いアメリカでは「大きいことはいいこと」だった。「コルベット」は2人乗りだったが、ヨーロッパのスポーツカーと比べると、大柄に成長していった。それは車体だけでなく、パワーユニットも同じ。
当時、アメリカ車の主流を占めていたV型8気筒エンジンを搭載した。排気量も拡大方向に走り始め、1960年代には7L、7000ccを超えるV8エンジンが登場。1970年代に入り、日本で試乗した3世代目の「コルベット」は、1Lの有鉛ガソリンで2~3kmしか走らなかった。ちょっとした渋滞にはまると、本当に目で見てわかるぐらいに燃料計の針が動き、まるでガソリンをまいて走っているかのように感じながら運転していたことを思い出す。
特筆すべきはヨーロッパ車や他のアメリカ車と比べると、モデルチェンジサイクルが長いことだった。「コルベット」は1953年デビューなので72年目を迎えたわけだが、現在のモデルは8世代目のC8型。平均9年目はモデルチェンジなしで販売されている。最も長いモデルは3世代目のC3型で、14年もモデルチェンジなしで販売されていた。
アメリカ車といえば、毎年のようにグリルやテールライトの形状を変えるなど、マイナーチェンジの繰り返しでユーザーを引きつけるのが典型的な販売手法として知られているが「コルベット」だけは例外だった。アメリカの自動車メーカーが、ヨーロッパの自動車メーカーのように歴史や伝統を重視するとは思えない。売れないクルマは、即座にカタログから落とすはずなので「コルベット」が生き残っていたということは、ある程度の台数を販売していたのだろう。
当時の記録は定かではないが、試しに2024年の統計で調べてみると「コルベット」の販売台数は3万3330台、ちなみに2023年の時点で3万4353台だった。GM全体の販売台数は約271万台なので、販売全体に占める割合は0.1%強。それでもフェラーリやポルシェ「911」の北米での販売台数は、フェラーリが3527台、ポルシェ911が1万4128台なので「コルベット」がいかに売れているかがわかる。こうした欧州系のスーパースポーツとは車両価格が異なるものの、スポーツカー好きのアメリカ人の間では「コルベット」は人気車種といえる。
現行モデルの第8世代目は2020年に日本での仕様と価格を発表、「コルベット」史上、初めて日本仕様は右ハンドルになった。車両も史上初めてエンジンを運転席の後方に搭載するミッドシップ形式を採用。2023年にはこれも「コルベット」史上初の電気自動車+4輪駆動モデル「E-Ray」を公開、日本でも発売されている。
今回試乗したのは最新モデルの「Z06(ゼットゼロシックス)」。サーキット走行も前提としたパフォーマンスモデルとして設計・開発された。外観ではリアスポイラーが新デザインになり、時速40kmまでならスイッチ操作でフロントが約50mmリフトアップする。ブレーキもオプションでBrembo製のカーボンセラミックブレーキが装着される。
パワーユニットもノーマルのV8、OHVに代わり、新設計のV8、DOHC、5.5L自然給気を搭載、8速ATで全開加速を試みると、公道上でも新エンジンは8000回転まで上昇し、0→100km/hを3秒台で走り切った。
コルベットの凄いのは、一方で6速1300回転、60km/hでも街中を走行できること。意外かもしれないが、ボディー前方の見切りもよく、街中での運転も苦にならなかった。ただし、無鉛プレミアムガソリンでの燃費は3~6km/L。たとえ新型エンジンを投入しようとも「コルベット」の伝統はここでも守られていた。
■ 関連情報
https://www.chevroletjapan.com/corvette/z06
文/石川真禧照 撮影/尾形和美