V6ツインターボエンジンにプラグイン・ハイブリッド・システムを組み合わせた『296GTB』で、東伊豆へとドライブ。新世代のミッドシップ・フェラーリの走りをリポートする。
クルマが100年に1度の大変革期を迎えている現在。大きな潮流の一つである電動化への波も勢いを増すばかりだ。特に欧州と中国が顕著で、例えば欧州では2019年に5%に満たなかったEVの販売比率が、22年には20%に迫る急激な伸びをみせている。
そうした潮流に呼応するようにフェラーリが導入したのが、V6ツインターボエンジンにプラグイン・ハイブリッド・システムを組み合わせたミッドシップモデル『296GTB』だ。
フェラーリのプラグイン・ハイブリッド(PHEV)としては『SF90』に続いて2番目のモデルとなる同車。環境性能に目を向けると、V8ツインターボエンジンを搭載した従来型『F8トリブート』が燃費12.9L/100km/h、CO2排出量292g/km(いずれも複合)なのに対し、6.4L/100km/hと149g/km。ガソリン消費量もCO2排出量もほぼ半分である。
では、フェラーリが環境性能のためだけにプラグイン・ハイブリッドというパワートレーンを採用したかといえば、そうではない。
120度と広いVバンクの間にツインターボ・ユニットを収めたV6エンジンは、従来のV8ツインターボ・エンジン比でマイナス30kgと軽量かつコンパクトながら、最高出力は663cvを誇る。一方、電気モーターは167cvだから、システム最高出力は830cvと、F8トリブートのそれを110cvも上回るのだ。
このハイパワーユニットを、F8トリブートより全長で46mm、ホイールベースで50mmコンパクトなボディに収めたのだ。そのパフォーマンス、推して知るべしである。今回は、そんな新世代の“跳ね馬”の走りを確かめるべく、東伊豆へ向かった。
PHEVの296GTBでは、パワーマネージメントを切り替える「eマネッティーノ」が備わり、ステアリングホイールに組み込まれたスイッチで、4つのモードをセレクトできる。
電気モーターのみで走行する「eドライブ」、パワーフローの効率を最大化するようエンジンとモーターを制御する「ハイブリッド」、エンジンを常に稼動してバッテリーの効率を維持し、いつでもフルパワーが発揮できる状態にする「パフォーマンス」、バッテリーの充電を抑えて最大のパフォーマンスを発揮する「クオリファイ」といった具合だ。
空が白み始めた頃、296GTBのドライバーズシートに収まり、ステアリングホイールに備えられたスターターボタンを押す。この時点では、背後のV6エンジンは目を覚まさない。始動時には自動的に「ハイブリッド」がセレクトされるからだ。
ギアを1速に入れてアクセルペダルを踏み込むと、296GTBはモーター駆動により静かに走り出す。早朝の住宅街の静寂をエンジンの咆哮で破るのは、このご時世、社会的な行為とは言い難い。PHEVの有り難さを感じながら、低くシャープなノーズを西へと向けた。
296GTBは、電気モーターのみで最大25kmの走行が可能で、その際の最高速度は135km/hに及ぶ。つまり、日本の交通環境では高速道路も含めてあらゆる道をEV走行でカバーできるのだ。
実際、首都高速3号線から東名へと至るあいだ、周囲のクルマの流れに合わせて走る分には、エンジンは始動しない。ボディ剛性が極めて高い上に、サスペンションもしなやかに路面の継ぎ目をいなすから、フェラーリのステアリングを握っていることを忘れてしまうほどに静かで快適なハイウェイクルーズを楽しめる。296GTBが新世代のフェラーリであることを実感する。
東名高速に入り、前方のクルマが一瞬はけたところで深めにアクセルペダルを踏み込む。すると、背後のV6エンジンが待ってましたとばかりに目を覚ました。
エンジンとモーターはトランジション・マネージャー・アクチュエーター(TMA)というシステムによって連携しており、ハイブリッドモードでは、バッテリーの充電状態やパワートレーンへの負荷などに応じてエンジンがオンとオフを繰り返す。その際の制御は極めてなめらかで、まったく違和感がないのが素晴らしい。
ドライビングプレジャーやサーキットでのパフォーマンスを追求したミッドシップ・フェラーリでありながら、高速道路を延々と走りつづけるグランドツーリングカーとしての資質も、296GTBは十分に持ち合わせている。
とはいえ、このクルマのメインステージはサーキットやウィンディングロードである。せっかくだから少々寄り道して、箱根ターンパイク、芦ノ湖スカイライン、そして伊豆スカイラインと、景色の素晴らしさや走ること自体の楽しさという点において、日本でも有数のワインディングロードを経由することに。
富士山や箱根の山々の絶景をフロントスクリーン越しに望みながら、大小さまざまな曲率のコーナーをクリアしていく。こうしたシチュエーションでは、296GTBは水の得た魚のようだ。
新世代のミッドシップ・フェラーリゆえ、296GTBではパワーステアリングは電動式、ブレーキはバイワイヤ方式が採用されている。しかし、いずれも操作フィールが極めて自然で、ステアリングを握る手やブレーキを踏む足の裏、そしてシート越しのお尻や背中を通して、タイヤが路面にコンタクトしている状況を饒舌に伝えてくれる。だからドライバーは、走り出した瞬間から身体がボディの隅々にまで拡張したような一体感を得られる。
ミッドシップレイアウトゆえ、コーナーでの身のこなしは俊敏だが、すべての挙動に一切の違和感がない。従来のミッドシップ・フェラーリでは、例えばステアリング操作に対するクルマの挙動が極めてシャープで、高い運転スキルを持ち合わせていないドライバーにとっては、少々ナーバスに過ぎる印象があった。ところが296GTBはドライバーに対して常にフレンドリーで、安心してドライビングに没頭できる懐の深さを備えている。
このような縦性性には、従来のV8ミッドシップモデルに比してコンパクトで低重心なボディと、それを可能にしている新世代のパワートレーンが大きく寄与しているのだろう。それにしても、830cvというハイパワーとフレンドリーな操縦性を両立させた、マラネロのエンジニアの手腕には脱帽するしかない。
V6ツインターボ+1モーターからなるパワートレーンも、ワインディングロードでは市街地や高速道路とは違う顔をのぞかせる。「eマネッティーノ」を「クオリファイ」にセレクトすると、「ハイブリッド」とは打って変わって、エンジンが主役、モーターが脇役に徹し、最大のパフォーマンスを発揮しようとする。
コンパクトなV6ツインターボは、それこそ息が止まるほど強烈な加速Gを発生させながら、一瞬にしてレブリミットの8,500rpmまで吹け上がる。回転数の上昇とシンクロするように高まるサウンドも、従来のフェラーリそのものだ。
フェラーリのエンジニア陣は、開発時よりこのV6エンジンを「ピッコロ(小さな)V12」という愛称で呼んできたというが、その言葉もうなずける。
実際、120度という広いVバンク角を採用することで、6つのシリンダーの等間隔爆発が可能となり、自然吸気V12エンジンのような高周波のサウンドを実現できたのだそうだ。
296GTBの走りをひとしきり楽しんだあと、相模灘に面した海岸沿いの道に出ると、「eマネッティーノ」を「eドライブ」にセレクトした。再びV6エンジンは息を潜め、静かなEV走行に移る。窓を開け、波の音や潮の香りを味わいながら、ゆったりとした気持ちで今日の宿を目指す。実は296GTBは、こうしたリゾートへのドライブ旅にも最適なクルマなのだと感じた。
電動化や自動化といった100年に1度の大変革期においても、フェラーリが追い求めているのは、ユーザーに最高のドライビングエクスペリエンスを提供することであり、それはV6プラグイン・ハイブリッドを採用した新世代の“跳ね馬”でも変わらない。296GTBのドライブを通じて、そんなことを改めて実感した。
主要諸元 Ferrari 296GTB
エンジン V6エンジン ツインターボ 電動ハイブリッド
最高出力 830cv/8000rpm
最大トルク 740Nm/6250rpm
全長×全幅×全高 4565×1958×1187
車両重量 1470kg
車両本体価格 ¥39,390,000〜
(問)フェラーリ ジャパン
文/山口幸一 撮影/神山敦行