大きく変わろうとしているジャガー。その象徴となる「Type 01」には、速さや新しさだけでは測れない、時間をかけて育てる価値が込められている。2026年10月、米ニューヨークで、ついに新型ジャガーが披露された。驚愕のデザインプロト「Type00」の披露からほぼ2年。未だ斬新さを失わないスタイルがついに現実のものとなったのだ(摩天楼を飛んだり跳ねたりはしなかったけれど!)。
その名もジャガー「Type 01」。目の前に立つと、まずはどんな説明や数字よりも、その佇まいに目を奪われる。低いルーフ、長いボンネット、伸びやかでグラマラスなリアセクション。そして、それらを構成し、光を受けて静かに表情を変える、余計な装飾のない大きな面。全長は5235mm、全高は1403mm。堂々たる4ドアGTクーペでありながら、ただ大きいことを誇るような威圧感はない。むしろ、彫刻や建築を眺めるときのように、少し距離を置いて全体のバランスを味わいたくなるクルマだった。
ジャガーはこれまで、速さと優雅さを同じ一台に求めてきた。「Type 01」もその考え方からは決して遠くに離れてはいない。ただし、過去の名車、ジャガーといえば皆が思い出すスタイルを懐かしむことを選ばなかった。大切にされたのは、低く、美しく、人が心地よく座れて、長い時間をともに過ごしたくなるようなプロポーションだ。これからの時代にジャガーらしいスタイルとは何か。その問いに、最新のフル電動モデル(BEV)というカタチで答えようとしたのが「Type 01」なのである。
英・ゲイドンにある本社で開発陣の話を聞き、最も印象に残ったのは、「Type01」が「次世代はBEVでいく」前提で始まったわけではなかった、という点だった。BEVありきではなく、それより先にあったのは“どんなジャガーをつくるか”という理想であり哲学だった。
低いドライビングポジション、伸びやかなスタイル、4人が快適に過ごせる室内、長距離を穏やかに移動できる余裕のある走り。そんな理想を成立させるために、専用の電動アーキテクチャーJEAを開発した。技術を先に置くのではなく、ジャガーは日常の中でいかに振る舞うべきか、を先に考えたのである。
その姿勢は、118kWhという大容量バッテリーの配置にも表れている。BEVでは、床下に敷く大きなバッテリーが着座位置を高くしがちだ。ところが「Type 01」では、前席乗員の足元近くにセルを置かない空間を設け、バッテリーのほうを低い着座姿勢へ合わせた。運転する人の身体感覚を、パッケージングの都合で後回しにしない。図や数には表れにくいけれど、毎日触れるクルマとしては、とても大切な視点だろう。
航続距離は最大で400マイル。350kWの急速充電器(最近、東名高速の海老名SAにも設置された!)なら約13分でおよそ200マイル分を充電できる。もちろん、航続距離や充電時間は使う環境によって変わる。もっとも「Type 01」が目指したのはそんな充電スペックを競うことではなく、遠くへ出かける気持ちを妨げないことにあった。目的地までの距離を前にして、残量や休憩の計画ばかりを気にするのではなく、景色や会話、なんなら休憩や寄り道さえ楽しむ。その思考のフリーダムこそ、電動GTに求められる新しい豊かさなのかもしれない。
ジャガー「Type 01」には英国で設計し、開発し、製造するという工業製品としての明確な背景があった。技術の多くは新しいが、土地の記憶や人の手が積み重ねてきた感覚まで手放したわけではない。ひとつのブランドが長く続くためには、過去を闇雲に保存したり再現したりするのではなく、受け継ぐべきものを選び直す作業が必要になる。英国製であることは懐古の演出ではなく、ジャガーが自分たちの出自とこれからの表現を結び直すための、静かな意思表示にも見える。
ボディーづくりにも、同じような、それこそ伝統のブランドならではというべき粘り強さがあった。リアフェンダーまわりの大きなアルミニウムパネルは、深い絞りと鋭い面を両立させるため、通常なら量産をためらうほど複雑な形になった。開発チームは実に約1500時間を費やして成形方法を生み出し、6段階のプレス工程を経てこの形を実現するという。
「インポッシブル・パネル」と呼ばれるリアクォーターパネルは、目立つための仕掛けではない。美しいラインをあきらめないために、見えない工程へ手間をかける。そんなものづくりの姿勢が、外から見える静かな力強さにつながっている。実際、そのラインを手で触ってみたが、微妙な曲率の変化が実に鳥肌ものであった。
色使いと見栄え質感の考え方も印象的だった。「Type 00」で強い印象を残したブルーやピンクは、話題性のためだけの色ではなかった。量産「Type 01」には、日常に寄り添うグロスカラーと、面の陰影を穏やかに浮かび上がらせるサテン仕上げが用意される。サテンのブルーやカッパーは、強い色を過剰に見せるのではなく、ボディの彫刻性を引き立てる。服や家具を選ぶとき、色名だけでなく、生地の織りや木目、光の受け方まで気にするように、クルマの色もまた素材と形の一部なのである。
車内に入ると、その発想はさらに明確になっていた。キャビンを前後に貫くセントラルスパインは、パッセンジャー4人それぞれに穏やかな居場所を提供する。ブラスを思わせる金属のニュアンス、トラバーチンのような自然な色調、織物や金属の質感。24インチのOLEDディスプレイや左右に目一杯広がるパノラミック・サウンドバーといった先進技術も、決してモニターの存在で未来感を誇示するためではなく、必要なときに自然に使えるように置かれている。利便性を殊更に前に出すのではなく、空間の心地よさに溶け込ませようとしているようだ。
日々の暮らしの中で考えれば、ラグジュアリーとは、機能をたくさん並べることではないのだろう。座ったときに無理がないこと。手を伸ばした先の素材が気持ちよいこと。外の景色や音楽、同乗者との会話を心地よく受け止められること。「Type 01」の設計には、そうした小さな感覚の積み重ねを大切にしようとする姿勢があった。クルマの中を、移動中だけ借りる場所ではなく、旅の記憶が残るひとつの部屋として捉えているようにも見える。
走りについても「Type 01」はわかりやすい性能だけを狙ってはいなかった。最大1030PS、0-100km/h加速3.2秒という数値は十分に刺激的なものだが、開発陣が何度も口にしたのは「Power in Reserve」、すなわち力を常に手元に残している感覚だった。必要なときに、余裕をもって加速できること。50:50の重量配分、低い重心、快適性と俊敏さを使い分けるシャシーも、そのためにある。急ぐためだけではなく、移動そのものを豊かに演出するための性能である。
新しいジャガーのデザインに戸惑う人もたくさんいることだろう。それは当然だと思う。けれども伝統や流行に寄り添い、誰でもすぐに納得、安心できるデザインだけが、長く愛されるわけではない。ジャガーは昔の名車のスタイルに似せるのではなく、いまの時代に自分たちが美しいと信じるものをつくろうとしている。開発陣が願うのは、何十年か後、「Type 01」がコンクール・デレガンスの芝生に並ぶことだという。その頃にどんな評価を受けているかは、今生きている我々は知る由もない。誰もわからないのだ。だから挑戦でしかない。
日本への導入は2027年を予定されている。価格は「1030」(テン・サーティ)が2188万円~、「Design Vision」が2552万円~。誰もが買える高級車の選択肢ではないからこそ、「Type 01」は移動のためだけの道具ではなくなるのだ。何を美しいと思い、どんな時間を選び、何を未来へ残したいか。他人に影響されない個人の確立された価値観を映しだす存在として、静かに、しかし確かに、新しいジャガーは走り始めようとしているのだった。
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文/西川 淳(モータージャーナリスト)