スペイン領テネリフェ島で開かれた国際試乗会で、フェラーリの新世代オープンスーパーカー「849テスタロッサ スパイダー」に試乗した。「SF90ストラダーレ&スパイダー」の後継に位置づけられるこのモデルが、高出力のプラグインハイブリッドシステムという最先端の知性と「テスタロッサ」という名に宿る伝統の感性をいかにして両立させているのか。クーペのテストから半年を経て、今度は空を手に入れた「テスタロッサ」の真価を確かめることとなった。
フロントに2基、リアに1基の電気モーターに最新世代のV8ツインターボを組み合わせた「849テスタロッサ スパイダー」。まさにモダンフェラーリの粋を凝縮したプラグインハイブリッドのスーパーカーである。V8エンジン単体でも830cv、システム全体ではなんと1050cvにも達する最高出力は、もはやハイパーカー領域に近づいた。「スパイダー」の国内リテール価格も7000万円の大台を超え、全ての数字上で別格の存在感を放っている。
車名の849は、8気筒であることと、499cc=気筒あたり排気量に由来する。“テスタ ロッサ”とは、赤く塗られたエンジンヘッドカバーを持つ往年のレーシングフェラーリ、500TR(4気筒)や250TR(12気筒)のTR=テスタ・ロッサ(=赤いヘッドカバー)に端を発する名だ。
その後は1984年に登場し、サイドフィンデザインが鮮烈な印象を残したリアミド12気筒モデルの名としても世界を魅了した。フェラーリファンならずとも心を揺さぶられる響きを持つ名称だが、単なるノスタルジーで使った訳ではもちろんない。ロードカーとして最高峰のテクノロジーを積んだモデルである、というマラネッロの高らかな宣言でもあった。
先代モデルに当たる「SF90ストラダーレ&スパイダー」のスタイルが、どちらかといえばF8のような以前のV8ミドシップモデルのデザイン文脈に近かったのに対して「849テスタロッサ」は明らかに新しい輪郭をまとって誕生した。最新12気筒モデルの「ドーディチ・チリンドリ」と、最強スーパーカーの「F80」を掛け合わせたような造形。過去への敬意を内包しながら、視線ははっきりと次の時代へと向いている。
リトラクタブルハードトップの基本システムと開閉作法は「SF90スパイダー」から受け継いだ。45km/h以下なら走行中でもルーフの開閉は可能で、要する時間はわずかに約14秒。ルーフを開けた状態でも空力性能をクーペに限りなく近づけるため、トノーブリッジやウィンドウのデザインが工夫されている。シート背後に備わったウィンドキャッチャーは、室内の乱流を抑え、オープン移動の時間をより洗練されたものへと変えてくれる。
クーペには海外でのサーキットテストに加え、国内の一般道でもすでに乗っている。その印象と、「SF90」時代におけるクーペとスパイダーの関係を踏まえれば、今回も基本的にはクーペと変わらぬパフォーマンスをみせてくれるはずだと予想はしていた。結論から言えば、事実その通りだった。ならば、好きなときに空を選べる方が、より豊かなではないか。たとえ600万円のエクストラコストを払ったとしても……。
まずはルーフクローズドで乗り込む。デジタルなインターフェースを使い始めて以降、課題のあった使い勝手の面もようやく落ち着いてきた(それでもまだ、少々使いづらい点は残っている)。マニュアルギアボックス時代のシフトゲートを想起させつつ、宙に浮いたように見せるギアスイッチベースや、その周囲に広がるエレガントかつスポーティなブリッジ状のアーキテクチャー、さらにはドアインナーからフロア周りにかけてのレザーマテリアル演出、などなど、最近のマラネッロは、“欲しい”という感情を刺激するインテリアデザインに長けている。
スタートボタンを2度押すと、可愛らしい電子音が鳴る。準備が整ったという、クルマからの控えめな返事だ。PHEVなので、バッテリー残量さえ十分あればエンジンは掛からない。朝一番、住宅街のガレージからでも近所への 迷惑を気にすることなく出発できる。この静けさもまた、現代のフェラーリが手に入れた新しい贅沢である。
BEVのまま静かに走る。前輪駆動ではあるが、前に引っ張られているという感覚はさほどない。音の出ないフェラーリも意外にオツなものだ。無音の移動がこれほど優雅に感じられること自体が、時代の変化を物語っているし、エンジン音がうるさいことで有名なフェラーリだからこそ“かえって”そう思うのもかも知れない。ちょっと「ルーチェ」が楽しみになってきた。
早朝の港町を静かに抜けていく。漁の準備をする男たちが手を止め、不思議そうな表情でこちらを見つめている。なんだか気分がいい。やがてオープンロードが見えてきた。待ちきれずにドライブモードをレースへ。V8が瞬時に目を覚ます。電気から内燃へ。その移行と協調は驚くほど滑らかだ。背後からスポーティなV8サウンドが耳に届き、朝のドライブの質感が一段と深まった。
もう少し大きなボリュームでエンジンサウンドを聴きたくなった。リアの垂直ウィンドウだけを下げる。車体の剛性感はクーペとまるで変わらない。背後の窓から、いっそう濃密なV8サウンドが車内へと流れ込む。もはや爆音の類ではないが、十分にエキサイティングだ。ラウドなエンジン音は疲労の要因だ。これくらいでちょうどいいと思わせる質と量。エンジンサウンドにも大人のスーパーカーにふさわしい節度があった。
速度を45km/hまで落としてハードトップを開けた。初夏の日差しが全身に降り注ぐ。もうすでに空気は温くなっていたようだ。そのまま速度を上げていく。風の巻き込みは意外に少ない。特許構造のウィンドキャッチャーが効いている。頭頂の髪が乱れたが、それがかえって心地よい。ライドコンフォートも秀逸だ。オープンでの移動であっても、単なる快楽ではなく、上質な時間へと変わっていく。
加速フィールは文句なしである。1000cvの「SF90」でもいまだ世界最速レベルの加速を誇るのだから、それ以上の出力を持つ「テスタロッサ」の加速に不満のあるはずもない。体感的な速さ以上に心を動かされたのは、その動的なクオリティが上等になっていたことだった。「SF90」にはどこか浮ついた感覚があり、それがスリリングでもあり、同時に少々不安でもあった。「849テスタロッサ」にはそれがまるでない。路面をしっかりと掴んで加速する。だから自信を持って速さを存分に味わえる。フロントモーターの存在も気にならない。それでいて素晴らしい安定感を提供する。コーナリングでも前モーターの手応えはほとんどなく、その動きはクリアで尚且つ正確だ。
さらに感心したのがブレーキフィールだった。回生ブレーキなどの制御が入っているはずなのに、レスポンスはダイレクトで潔く、しかもコントローラブル。つまり、制動も楽しめる。最新の制御技術が前に出すぎず、ドライバーの感覚の向こう側で精緻に働いている。そのさじ加減こそ、最新モデルらしさであり、ラグジュアリーなパフォーマンスカーに求められる成熟でもあった。
街中からシーサイド、ワインディングへ、アセット・フィオラノ仕様を選べばサーキットまで、存分に楽しめることだろう。「849テスタロッサ スパイダー」は、数字の凄みをひけらかすだけのクルマではなかった。「テスタロッサ」という伝統の名の重みを背負いながら、電動化時代のフェラーリを官能の世界へきっちり戻してみせたのだ。速さ、静けさ、スタイル、サウンド、そして空を手に入れるという歓び。そのすべてを上質な体験として束ねる、実にオールマイティなラグジュアリー・スーパースパイダーであった。
■関連情報
https://www.ferrari.com/ja-JP/auto/849-testarossa-spider
文/西川 淳 写真/フェラーリ