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2026.03.25

正統派GT、アストン・マーティン「ヴァンキッシュ」洗練されたその姿

クルマの価値を決定づける要素はいくつもあるが、その中でも造形の力はやはり大きい。近年はSUVが主流となり、機能性とスタイルを両立したモデルも増えてきた。しかし、純粋に“心を揺さぶる美しさ”という点においては、なお2ドアのグランドツーリングカー(GT)に一日の長があると思う。

GTとはもともと、地続きのヨーロッパ大陸を高速かつ快適に横断するための道具として生まれた存在である。速さだけでも、贅沢さだけでも成立しない。長距離を苦もなくこなす快適性と実用性、そして所有する歓びをもたらす造形美。そのすべてが高い次元で均衡してこそGTは成立する。そうした思想を、いまなお純度高く体現しているブランドのひとつがアストン・マーティンである。

グランドツーリングカーの本質を知るブランド

同じくGTづくりを得意とするイタリアの名門、フェラーリやマセラティがレース活動を核にブランドを深化させてきたのに対し、アストン・マーティンはむしろロードカーに重きを置いてきた。とりわけデイヴィド・ブラウン体制以降、そのクルマづくりは飛躍的に成熟し、優雅さと速さを併せ持つ英国的GTの理想像を確立するに至る。とりわけ映画『007』シリーズにおける“ボンドカー”としての存在は、その世界観に決定的なイメージを与えた。「ヴァンキッシュ」という名が特別な響きを持つのも、そうした文脈の上にある。

初代「ヴァンキッシュ」の登場は2001年。5.9LV型12気筒エンジンを搭載し、アルミ構造の車台とカーボン素材を組み合わせた先進的なボディをまとったフラッグシップGTは、当時のアストンの技術と美意識を象徴する存在であった。その系譜は2012年の2代目へと受け継がれ、そして今回、さらなる進化を遂げた3代目が登場した。

造形に宿るパフォーマンスとエレガンス

新型「ヴァンキッシュ」を前にしてまず目を奪われるのはやはり、そのプロポーションである。徹底してワイド&ローに構えたシルエットは、数値以上に伸びやかかつ視覚的な緊張感を生んでいる。一方で、それが過度な誇張に陥っていない点に、このブランドの美意識が表れている。拡大されたフロントグリルは強い存在感を放ちつつも、全体のバランスを崩さない。長く取られたホイールベースと切り詰められたオーバーハング、そしてフロントフェンダーからリアへと連続する流麗な面構成。抑揚の効いたボディサーフェスは筋肉質でありながら、どこか節度を保っている。

とりわけ印象的なのは、光の当たり方によって表情を変えるボディサイドのコンケーブ形状である。抉り取られたような面の陰影が、静止状態にあっても躍動感を醸し出す。リアエンドにはカムテール形状を取り入れ、トランクリッドと一体化したスポイラーが空力的な整合性をもたらしている。機能と造形が無理なく結びついている点も、このクルマの完成度の高さを物語る。

今回試乗したのは、オープンモデルである「ヴォランテ」。電動開閉式のファブリックルーフを備えながら、クーペの持つ均整を崩さない仕上がりは見事である。開閉機構の存在を感じさせないシルエットは、まさに設計段階からの一体性の賜物といえる。獰猛さと優雅さ。その両義性こそがアストン・マーティンの真骨頂であり、クーペとしての「ヴァンキッシュ」はもちろん、そのオープン仕様もまた例外ではない。

「ヴァンキッシュ」が持つ“余裕”

ドアを開け、コクピットに身を収めると、テラコッタのレザーで統一された空間が迎える。素材の選定と仕立ての精度は極めて高く、手仕事の温度が確かに感じられる。金属の冷たさや重さを感じさせるスイッチ類には繊細なローレット加工が施され、触覚的な満足感も抜かりない。一方で、最新のインフォテインメントも備えられており、伝統と現代性が違和感なく共存している。

スタータースイッチを押すと、長いノーズ部分に収まった5.2LV型12気筒ツインターボが静かに目覚める。その振る舞いは835PS/1000Nmというとてつもないパフォーマンスを内包することを感じさせないほど穏やかで、鼓動を強調するような演出もない。むしろ均質で滑らかな回転感が、このエンジンの本質を物語る。過剰に主張することなく、それでいて確かな存在感を放つあたりに、最新のV12ユニットらしい、アストンらしい節度がある。

5つの走行モードを選べるが、ドライブモードの“GT”では、エンジンや足回りの性格はあくまで穏やかである。スロットルペダルに軽く足を乗せるだけで流れに溶け込み、気づけば周囲をリードしている。力強さを誇示するのではなく、余裕として感じさせる。この在り方こそ、正統的なGTの資質である。足まわりもまた、路面の凹凸を的確にいなしながら、車体の姿勢を常に安定させる。長距離を苦にしない理由は、ここにある。

一方で、ドライブモードを“Sport”や“Sport+”へ切り替えれば、その表情は一変する。スロットルレスポンスは鋭さを増し、加速は一気に高密度なものへと変わる。しかし、その速さは決して粗暴ではない。制御系は緻密に働き、どの領域においてもドライバーに不安を抱かせない。ステアリングの応答性、サスペンションの収束性、そのすべてにおいて精度の高さが際立つ。

この精緻さの背景には、特にF1とはじめとする近年のモータースポーツ活動の知見も少なからず影響しているのだろう。だが、それを前面に押し出さないところに、このブランドの矜持がある。あくまで主役はロードカーであり、その洗練にすべてが帰結する。

そして「ヴォランテ」ならではの魅力は、ルーフを開けた瞬間に一層際立つ。風とともに流れ込む空気や匂いが、ドライブという体験をより豊かなものへと変えていく。それでもなお、このクルマの佇まいは揺るがず、どのような状況においてもエレガンスが損なわれることはない。

そんな世界をもたらしてくれる「ヴァンキッシュ」とは、単なる高性能GTではない。ブランドが長年にわたり培ってきた美意識と哲学、その集積である。そのステアリングを握る時間は、移動という行為を超えた体験へと昇華し、気づけば深く惹き込まれている。そう感じさせる力の強さこそ、このクルマの本質である。

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■関連情報
https://www.astonmartin.com/ja/models/vanquish-volante

文/桐畑恒治 撮影/望月浩彦

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