ラグジュアリーという言葉には、不思議な磁力がある。古今東西、数多のブランドがそれぞれの哲学と美意識をもってその価値を体現してきたが、その表現は実に多彩だ。華やかさで魅せるものもあれば、静かな品格で語るものもある。そうした多様なアプローチこそが、ラグジュアリーという概念の奥行きを形づくっている。
クルマの世界もまた同様である。スタイリング、内装の仕立て、そして走りの質感に至るまで、上質さの表現方法は実にさまざまだ。伝統的な絢爛さをまとったものもあれば、近年ではサステナビリティを背景に、ミニマルでエココンシャスな価値観を掲げるラグジュアリーも生まれている。多様性の時代といわれるいま、その方向性はさらに広がりを見せている。
それでもなお、人を惹きつけてやまないのは、堂々とした華やかさをまとった王道のラグジュアリーだろう。その系譜をいまに受け継ぐブランドのひとつが、アメリカンラグジュアリーの象徴ともいえるキャデラックである。なかでも、その存在感をもっとも端的に体現するモデルが、フルサイズSUVの「エスカレード」だ。
来年、創業125周年という節目を迎えるキャデラック。1902年、ヘンリー・マーティン・リーランドによって創業されたこのブランドは、アメリカの自動車文化とともに歩み、その歴史の中で常に特別な位置を占めてきた。直近ではF1参戦が話題を呼んでいるが、このブランドを語るうえで欠かせないのは、やはりラグジュアリーという価値そのものだろう。
もっとも、キャデラックの魅力はその言葉からイメージされるような豪奢さを誇示することだけにあるのではない。むしろ特筆すべきは、時代の先端技術を積極的に取り入れ、それをユーザーへと届けてきた革新性にある。セルフスターターや量産V8エンジン、さらにはV16エンジンの開発など、キャデラックの歴史は常に技術革新とともにあった。パワーステアリングやオートエアコンといった装備も、その多くがこのブランドによって早くから実用化されている。
快適性という価値を自動車に定着させた立役者のひとつとも言えるだろう。かつてその象徴はリムジンであったが、時代の主役がSUVへと移るにつれ、ラグジュアリーの舞台もまた新しい領域へと広がっていった。その代表格が、1999年に登場した「エスカレード」である。
強靭なラダーフレーム構造をベースに豪奢なキャビンを組み合わせたこのモデルは、キャデラックというブランドの威光を背景に、瞬く間に存在感を高めていく。とりわけ2002年に登場した2代目は、フルサイズ・ラグジュアリーSUVというカテゴリーを象徴する存在として確固たる地位を築いた。
その後も世代を重ねるごとに技術革新を取り込み、3代目では現在まで続く6.2ℓV8エンジンを採用。さらに磁性流体を用いて減衰力を瞬時に制御するマグネティックライドコントロールなど、独自の進化を遂げてきた。
現行となる5代目は2020年に登場。刷新されたプラットフォームを基盤に、リアサスペンションをマルチリンク化することで乗り心地を大きく進化させた。さらに昨年のマイナーチェンジではデザインが一新され、EVモデルの「リリック」にも通じる新しいキャデラックの表情が与えられている。
実車を前にすると、まず圧倒されるのはそのスケールだ。全長5400mm、全幅2065mm、全高1930mm。ホイールベースは3mを超える。数字だけ見れば巨大だが、不思議と威圧的には感じられない。むしろシャープな面構成と端正なプロポーションによって、堂々たる存在感のなかに洗練された品格を漂わせている。
特に象徴的なのはバーチカルなライトシグネチャーだ。ノーズの両端に縦に配されたLEDライトは、遠くからでもキャデラックと分かる視覚的なアイコン。中央に据えられた巨大なグリルとキャデラック・クレストが、その存在感をさらに際立たせている。
キーフォブを携えてドアハンドルに触れるとロックが静かに解除され、電動サイドステップがせり出すと同時にドアがゆったりと開く。改良型から採用された「パワーオープン/クローズドア」によるものだ。強風や傾斜地でも自動制御され、センターコンソールのタッチパネルからスワイプ操作で開閉することもできる。巨大なSUVを優雅に扱わせる——そうした配慮のひとつひとつに、キャデラックらしいもてなしの思想が見えてくる。
そしてそのコクピットに身を預けると、このクルマの真価がより明確に見えてくる。ダッシュボードを横断する55インチの湾曲ディスプレイは圧巻の一言。そこに組み合わされるのが、オーストリアの音響機器メーカーAKGによるサラウンドサウンドシステムだ。36個のスピーカーが生み出す音場は、まるで移動するコンサートホールのようである。
走り出せば、その印象はさらに深まる。路面の感触をほのかに伝えながら、巨体は静かに滑るように進む。浮遊感をともなった柔らかな乗り味は、まさにキャデラックならではのもの。マルチリンクサスペンションとマグネティックライドコントロールが生み出すしなやかな動きは、この巨体を忘れさせるほど洗練されている。
アクセルを穏やかに踏み込めば、6.2ℓV8は重厚なトルクを伴って静かに回転を高めていく。決して過剰に主張することはないが、その余裕あるパワーが巨体を滑らかに前へと押し出す。市街地ではサイズの大きさを意識させる場面もあるが、視界の高さとゆったりとしたステアリングフィールがそれを和らげる。まるで大海原をゆく豪華客船のデッキに身を委ねているかのような、悠然とした移動体験である。その世界観は、ドライバーだけのものではない。助手席や後席に座る乗員にとっても、そこは極上のもてなしの空間が存在する。
このブランドが長い時間をかけて積み重ねてきた経験は、単なる伝統にとどまらない。それは余裕となり、豊かさとなり、クルマづくりの随所に確かな説得力をもたらす。だからこそキャデラックは、革新とラグジュアリーを両立させながら次の時代へと歩み続けることができるのだろう。
そして、その価値を体現する存在こそがエスカレードである。創業から125年という時間が育んできた豊かさは、いまもこのクルマの乗り味やアメリカらしいもてなしのなかに息づいているのである。
■AQ MOVIE
■関連情報
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文/桐畑恒治 撮影/望月浩彦