1954年に誕生した初代300SLから歴史を重ねてきた、メルセデス・ベンツを代表するロードスター「SL」。その最新世代はメルセデスAMGが開発を主導するモデルへと変わり、スポーツとラグジュアリーの関係性そのものを改めて問い直す存在となっている。相反する性能をどちらも捨てずに成立させようとする挑戦自体が、今のSLの価値を形づくっている。
ラグジュアリーカーの象徴。その存在を一台挙げよと言われたとき、メルセデス・ベンツSLほど説得力を持つモデルはない。SLという車名は一般に「Sport Leicht」の頭文字、つまり“スポーツ”と“軽さ”を結び付けたものとして認識されているはずだ。そしてその文字を冠した1954年登場の初代300SLは、レーシングカーを出自とし、特徴的なガルウィングドアとともに戦後のドイツが世界に技術力を示した象徴だった。限られた人しか手にできない存在でありつつ、ただの「軽く速い車」ではなく、文化や誇りを背負ったモデルとして語られていることが、その証拠でもある。SLはその後も“軽量スポーツカー”という単純な言葉では説明できない存在へと進化していった。装備や構造は上質さを増し、デザインは洗練され、「どう移動するか」という体験そのものを変えるクルマへと変化した。メルセデスが描く理想のグランドツアラー像を体現するまでになったといえる。
歴史の節目の中でも特筆すべきは、1971年登場のR107だ。このモデルは18年という異例の長寿命を誇り、SLを「贅沢な時間を楽しむ道具」として世界中へ定着させた。続く90年代のR129は安全性と技術の象徴として、ABS、エアバッグ、ロールオーバー保護機構などの当時の最先端要素を量産車へ落とし込んだ。2001年登場の5代目(R230)は、電動開閉式ハードトップ「バリオルーフ」の採用によって「全天候型の贅沢」という価値を獲得。6代目(R231)は、メルセデス量産車として初めてオールアルミモノコックを採用するなど、技術力の象徴としての役割も担う存在となった。
そして最新の7代目(R232)は、この文脈の延長線上にありながら大きく舵を切る。最大の変化は、開発そのものがメルセデスAMGに移ったことだ。AMGは元々、メルセデス車のチューニングを得意とするエンジニアリング会社として名を成し、2005年に完全子会社化されて以降は、メルセデス・マイバッハとともにグループの高性能とラグジュアリー性を体現してきた。SLがメルセデスAMG主導となったことは、高性能と走りの本質の再定義を意味することでもある。
最新型は専用設計となるアルミスペースフレーム構造を採用。これはもちろんさらなる軽量化と剛性の強化を狙ったもの。2代にわたって続いたリトラクタブルハードトップは廃止され、ソフトトップへと回帰した。重量面でのメリットが大きく、スタイリングの美しさとともに、ロードスター本来の“風を感じながら走る時間”を軸とした濃密な体験を取り戻す存在となっている。
メルセデスAMGがSLにもたらした最大の変化は、その象徴的思想である「One Man, One Engine」、すなわちドイツ・アファルターバッハの工房で職人が一基ずつエンジンを手組みする哲学が反映された点にある。そしてそのエンジンは4.0リッターV8ツインターボと2.0リッター直4ターボの2種類を用意。前者を搭載するSL 63は、歴代車が保ってきた重厚さを継承し、“王道のロードスター”を体現する存在。一方、後者を積むSL 43は鼻先の軽さと俊敏なレスポンスで新たなフットワークをもたらす。同じボディでも選ぶエンジンによって、車の印象も使い方も変わる。この幅の広さ自体が、今のSLの特徴である。
そんなSLの頂点に立つのが「SL 63 S E PERFORMANCE」だ。名称に加わった“S”はV8ツインターボエンジン自体の強化を示し、「E PERFORMANCE」はモーターと駆動用バッテリーを組み合わせたAMG独自の高性能プラグイン・ハイブリッドシステムを意味する。エンジン単体で450kW(612PS)、850Nm。さらにリアアクスルには150kW(204PS)、320Nmのモーターが組み合わされ、システム総合出力は600kW(816PS)、1420Nmに達する。数字は異次元だが、この車の実力はスペックだけでは語り尽くせない。
実際、デフォルトのComfortモードではエンジン音を立てずに目覚め、モーターだけで静かに走り出す。この静けさは高級車が備えるべき快適性をきちんと確保していることを示す。それもSLの新たな表情だ。しかし、ステアリングホイール内側4時の位置にあるダイヤルでSportやSport+などに切り替えると、それまで大人しく息を潜めていたエンジンが、この時を待っていたと言わんばかりにひと吠えし、迫力のある重低音のエグゾーストノートを響かせる。かつてのAMGを思わせる野性味があり「獰猛」という言葉がふさわしい。
だが現代のメルセデスAMGには、世界最高峰のモータースポーツで磨かれた技術力が注ぎ込まれている。そしてその獰猛さの奥に「知性」が宿る点が大きな特徴だ。右足で踏み込むスロットルのわずかな操作に対しても、ミリ単位の変化に見合った精度でパワーが湧き、欲しい時に欲しいだけ瞬時に力が引き出せる。アクティブスタビライザーと電子制御ダンパーを組み合わせたサスペンションが車両姿勢の安定性を明確に高め、ステアリング、スロットル、ブレーキのすべてが精細につながる。その結果、思い描いた通りのフットワークとハンドリングが得られる。その精緻と言える操作感覚は格別だ。
同時に、優雅なオープンカーとしての時間も楽しめるのがSLならではの懐の深さである。パフォーマンス志向のハイブリッドシステムではあるものの、モーターだけで走行できるElectricモードも備え、住宅街などではエンジンを唸らせず静かに移動できる。つまり最新型は、従来のSLに存在していた「軽さか豪華さか」「スポーツか快適さか」といった二択そのものを無効化したといえる。オープンロードで力強さを発揮することも、モーターだけで静かに街を走り抜けることも、どちらもこの1台で成立させている。
SLのステアリングを握ることは、ただ移動するという行為ではない。そして共に過ごす時間やその中身を変える存在であることに変わりはないが、その質の高さは確実に上がっている。SLは“Sport Leicht”であり、同時に“Sport Luxus”でもある。速さと軽快さ、そして上質さを一度に追求できるモデルは多くない。ゆえにSLは今もなお、メルセデスという名を象徴する特別な一台であり続けているのである。
■AQ MOVIE
■関連情報
https://www.mercedes-benz.co.jp/passengercars/models/cabriolet-roadster/sl/overview.html
文/桐畑恒治 撮影/望月浩彦