バブル時代を経験したクルマ好きならマセラティの名を知らない人はいないだろう。1914年にスパークプラグなど電装品を手掛ける工場からスタートしたマセラッティは1920年代後半から本格的にグランプリレーサーを製作し、好成績を収め、その名を知られるようになった。優秀なマシンづくりはその後も続き、1950年代にはアメリカのインディ500レースに出場し2年連続で総合優勝を果たしている(3年目もレース終了間際まで1位だった)。日本でその名が有名になったのは1970年代後半に盛り上がったスーパーカーブームの頃。フェラーリ、ランボルギーニ、ロータスなどに混じり、マセラティも注目を集めた。当時は、フェラーリやランボルギーニが「陽」だったとすれば、マセラティは「陰」のイメージで、いわゆる通好みのスーパーカーだった。
個人的にはマセラティと関わりを持ったのは1980年代に入ってから。「ビトゥルボ」という2Lクラスのコンパクトな2ドアクーペを購入してからだ。「ビトゥルボ」が好きになったのは、その内装だった。当時の輸入車はドイツ車やアメリカ車が中心だったが、どちらも実用車として開発されているためか、内装も質実剛健だ。遊び心もお洒落なセンスもなかった。
ところが「ビトゥルボ」は違っていた。シート地は当時注目のイタリアンデザインのミッソーニの生地を採用。微妙な色使いのシートを装備していた。インパネ中央部には、スイス・ラサール社製の機械式時計が備わっていた。アーモンド型の時計はそれだけで他のクルマを圧倒しているように見えた。
「ビトゥルボ」でマセラティに取りつかれた私はその後「スパイダー」「ギブリ」と新車を乗り継ぎ、約10年間マセラティと共に過ごした。マセラティに3台続けて乗っていると言うと、ディーラーの担当者からも不思議な目で見られたが、クルマが動かなくなるようなトラブルには一度も出会うことはなかった。ところが別れは突然やってきた。
マセラティはオーナーだったアレツサンドロ・デ・トマゾ氏が株をフィアットに売り飛ばしたのだ。当時、フィアットはマセラティを冷遇したため、それを見かねたフェラーリが救済の手を差しのべた。ところが2005年にはフェラーリの傘下から離脱し、ラグジュアリーブランドの道を歩み始めた。「グラントゥーリズモ」は2007年、フェラーリの傘下から離れた直後にデビューした2ドア4シーターのスポーツクーペとしてデビュー。「グラントゥーリズモ(GT)」という車名は1950年代からマセラティが使っていた名称だ。これには大陸(グランド)を旅行(ツーリング)するためのスポーツカーという意味が込められていた。
今回、紹介するのは、2022年秋に「モデナ」グレードとして復活し、最近になり日本に上陸した2代目だ。相変わらずイタリアの妖しいテイストをプンプン感じさせるクルマに仕上がっていた。新型「グラントゥーリズモ」には、「トロフェオ」と「モデナ」の2グレードが用意されているが、今回、試乗したのは「モデナ」。
エレガントで都会的な洗練されたライフスタイルを好む人向けにアレンジされたモデルだ。シートは刺繍とステッチが施されたグラフィックモチーフが特徴で、このモチーフはイタリアンルネッサンスの巨匠ミケランジェロが設計したローマのカンピドリオ広場にあるビジュアルシンボルから、マセラティのデザイナーが着想を得たもの。ダッシュボード、インストルメントパネル、シートにこのモチーフを用いることで、イタリアルネッサンスの、しなやかさと荘厳さが共存する空間を演出している。
マセラティのインテリアの妖しさは、かつてマセラティを3台のマセラティを乗り継いだ体験もあるのでよく把握している。助手席に座ったご婦人は年代を問わず、目を潤ませて「素敵!」と言っていた事実が証明している。こういう体験はその後に乗り継いだ英国車やフランス車にはなかった。今回、運転席のドアを開け、久しぶりにインテリアを見回したとき、かつての「Sweet&Bitter」な思い出が甦ってきた。
閑話休題。マセラティの「グラントゥーリズ」モは文字どうり、大陸を長距離旅行するためのクルマに仕上がっていた。室内は大人4名が長時間座っていても疲れない空間がクーペなのに確保されている。車体後部のトランクは、ドライバーを抜けばゴルフバッグが収納できる広さだ。スポーツクーペでこれほどの広さを確保しているクルマも少ない。旅行用のスーツケースなら3~4個は入りそうだ。
もうひとつ「グランドツーリング」に欠かせないのが、ハイレベルの走行性能。長距離を安全に、速く、快適に移動できなければ「グラントゥーリズモ」を名乗る資格はない。マセラティ「グラントゥーリズモ」の心臓は、新しくマセラッティが自社開発したV型6気筒、3.0LLガソリンツインターボ、通称「ネットウーノ」が搭載されている4000回転から豪快な咆哮を轟かせるが、トルクは2000回転から盛り上がり、レッドゾーン入口の6000回転を簡単にオーバーし、8速ATは6500回転でシフトアップ。
ドライブモードは「コンフォート」「GT」「スポーツ」で、ダンパーを調整する。乗り心地は全体に硬めで、「コンフォート」モードでもタイヤの細かいゴツゴツが伝わってくる。ハンドリング全体のバランスを考えるとロングドライブには「GT」モードがベストバランス。「スポーツ」モードを選択すると、「グラントゥーリズモ」はリアルスポーツに変身する。
イタリア車ながら米国インディ500レースに2年連続で綜合優勝し、欧州でも数多くのGPレースを席巻し、最近ではフォーミュラEでもトップを争っている血筋は争えないのだ。
■関連情報
https://www.maserati.com/jp/ja/models/granturismo
文/石川真禧照 撮影/尾形和美