「グッドウッド・フェスティバル・オブ・スピード」(通称FoS)は、英国ウェストサセックスのグッドウッド・ハウス周辺で毎年7月に開催される自動車文化の祭典だ。最大の特徴は、伝統的なモーターショーのようにクルマを展示するだけでなく、敷地内の舗装路やオフロードを使ったヒルクライムやデモランで、新旧のレーシングカー、ラリーカー、スーパーカー、ビンテージカー、高性能EV、開発中のコンセプトカーなどが実際に走る点にある。“走るモーターショー”というわけで、英国の本格的な展示型モーターショーが存在感を失った現在、英国自動車界にとって最も重要なイベントへと成長した。
始まりは1993年、チャールズ・ゴードン=レノックス公爵が、先祖代々管理するグッドウッド・エステートの敷地内にクルマ仲間を集めたことだった。有名ドライバーたちに声をかけ、歴史的なレーシングカーを広大な敷地内で走らせるという発想から始まり、現在ではクラシックカーはもちろん、F1マシンやWRCカー、ル・マン・レーサー、バイク、最新のハイパーカーやコンセプトカーまでを網羅する、世界有数の自動車イベントとなった。
FoSの意義は、モータースポーツの歴史と自動車産業の未来を同じ舞台で見せることにある。観客は歴史的な名車を間近で見られるだけでなく、加速やサウンドの迫力を通じてモビリティ技術の進化を体感できる。また、メーカーにとっても単なる展示にとどまらず、実際に走らせることでブランドの技術力や個性を示す重要な機会となっている。
それゆえ近年では、特に高性能をアピールしたいメーカーを中心に、グッドウッドを新型車発表やブランド体験の場として積極的に活用している。電動スポーツカー、ハイブリッド・ハイパーカー、高性能SUV、限定モデル、次世代コンセプトなどをヒルクライムで披露し、観客やメディアに向けて「走るプレゼンテーション」を行うというわけだ。特にここ数年は高性能EVやハイブリッドモデルの存在感が増しており、それらと伝統的なエンジン車との対比もイベントの大きな見どころになっている。
日本勢にとっても、自社のモータースポーツ史やスポーツカー文化を世界に向けて語る重要な舞台だ。トヨタは過去に「GRスープラ」の市販モデルや「GT4コンセプト」、ル・マンやWRCで活躍したレーシングカーで参加。ホンダもまた、四輪二輪両方の展示を行い、幅広いモータースポーツの歴史と、操る喜びを重視するブランド像を発信してきた。
2026年は7月9日から12日に開催された。なんと言っても注目は、2026年のセントラル・フィーチャーに選ばれたシンガー・ビークル・デザインだ。グッドウッド・ハウス前の芝生に設置されたジェリー・ジュダ作の名物巨大彫刻に、Classic、Classic Turbo、DLSというブランドを代表する3台のポルシェ「911 Reimagined by Singer」を掲げたのだ。ファウンダーであるロブ・ディッキンソンは英国出身で、シンガーブランドを立ち上げた人物。11年前にFoSへ初参戦した際には、展示はわずか2台だった。それが今や、セントラル・フィーチャーを飾り、会場全体ではオーナーカーを含む11台のシンガーが展示されるまでになった。まさに凱旋であり、同時に、空冷「911」を再解釈するレストモッドの名手がフェスティバルの中心に据えられたことは、現代の自動車文化におけるシンガーの影響力の大きさを物語っていた。
その他にも世界の数多くのブランドから新型車やコンセプトモデルの披露もあった。人気はパガーニやケーニグセグ、GMAといったハイパーカーブランドで、なかでも今回が走行シーンの初披露となったレッドブル「RB17」はひときわ注目を浴びていた。その他にもジャガー「Type 01」にBYDやヤンワンといった高性能EVも目白押し。また、フェラーリF1の75周年やドゥカティ100周年など、モータースポーツ史の節目を飾る企画も次から次へと眼前に出現した。
日本勢で特に目立ったのは、トヨタGAZOO Racingとレクサスの攻めた展示と走行だった。「GR GT」「GR GT3」、そしてレクサス「LFAコンセプト」がグッドウッドのヒルクライムを走り、内燃機関、ハイブリッド、EVという複数の技術的方向性、高性能なマルチパスウェイ戦略、を一度に走らせてみせた。ホンダは、1986年にウィリアムズ・ホンダ「FW11」で初のF1コンストラクターズタイトルを獲得してから40周年を記念し、同車のデモ走行を実施。デイモン・ヒル氏や道上龍氏がステアリングを握った。そのほか、日本独自の文化であるシャコタン・ドリフトが喝采を浴び、フェラーリF1を個人所有する日本人がその素晴らしいサウンドを披露するなど、日本勢の存在感は過去イチレベルであった。
ドライバーやライダーの顔ぶれも豪華だ。F1ではランド・ノリス、キミ・アントネッリ、ピエール・ガスリー、フランコ・コラピント、角田裕毅、アイザック・ハジャー、デイモン・ヒル、ブルーノ・セナ、マリオ・アンドレッティ、エマーソン・フィッティパルディといった新旧の有名ドライバーが名を連ねた。二輪では、MotoGPのレジェンドであるヴァレンティーノ・ロッシが大きな注目を集めたほか、ケビン・シュワンツのような人気ライダーも参加。さらには、セバスチャン・ローブやセバスチャン・オジェ、トム・クリステンセン、デレック・ベル、ダリオ・フランキッティといったラリー、耐久、インディ系の名手も顔をそろえ、グッドウッドらしい“競技ジャンルを超えた同窓会”のような雰囲気を生み出していた。
2年ぶりに観戦した私が、とりわけ注目したのはアルピーヌだった。今回走行したのは、次期「A110」を先取りする開発車「A110 Future」。スタイル的には現行モデルを活用し、ややワイドに見せた“仮の姿”だったけれど、実際にヒルクライムを走ることで電動化後のアルピーヌ像を示した点が印象的だった。
「A110」の後継となる次世代スポーツカーは完全電動化される予定だ。これに関しては現行型ユーザーを中心に否定的な意見が多いが、アルピーヌとしては、「A110」が評価されてきた軽快さ、低い着座位置、後輪駆動らしい乗り味、そしてドライバーとの一体感をどこまでEVで再現できるかに挑んでいるという。そのために、専用のAlpine Performance Platformを用い、800Vアーキテクチャや前後に分けたバッテリー配置、後輪側のツインモーターなどによって、従来の床下に大きな電池を敷き詰めるEVとは異なる、スポーツカーらしい重量配分を狙っている。
グッドウッドでこのプロトタイプ車両を走らせた意味は、未来の「A110」を静的なコンセプトとして見せるのではなく、「本当に走って楽しめるEVスポーツカー」であることを観客に実感させることにあった。ガソリンエンジン時代の「A110」が持っていた動的な魅力を、電動化の時代にどう受け継ぐのか。その最初の答えを、アルピーヌはグッドウッドのヒルクライムで示してみせたのだ。
ちなみに、彼らがエンジンモデルの可能性を100%否定したわけではないことも留意しておきたい。とはいえ、まずは次世代のアルピーヌ製BEVスポーツモデルが、実際にどんな走りを見せるのかに期待したい。レイアウトを見る限り、従来のBEVとは異なる走りの魅力を備えている可能性は高いと私は踏んでいる。
■関連情報
https://www.goodwood.com/motorsport/festival-of-speed/
文/西川 淳