ロールスロイス・カリナン、フェラーリ・プロサングエ、メルセデス・マイバッハGLS 600 4MATICを始め、マセラティやアルファロメオなどプレミアムブランドから続々と登場するSUV。なにか「SUVにあらずんば、車にあらず」といった風潮すら感じる中で、輝き続けているベントレー・ベンテイガ。その最強モデル「スピード」のステアリングを握ってみると、なぜ時々ベントレーに乗りたくなるのかが、改めて理解できるのである。
専用のフロントグリルなどで引き締まった印象。コーナリング時にボディのロールを抑える「ベントレーダイナミックライド」も装備。
マツダが日本メーカーとして初めてル・マン24時間レース(以下ル・マン)を制した1991年を最後に、少しばかり燃え尽き感があったのかも知れないが、しばらくル・マンから遠ざかっていた。それから12年経過した2003年、久し振りのル・マン観戦を決意させてくれたのがベントレーだった。
ベントレーといえば1919年の創業時からレース活動を続けていて、ル・マンには初回の1923年から参戦し、24年に初優勝、27年から30年には4連勝を達成する強豪チームだった。創業者のW.O.ベントレー自身も「車両のテストと宣伝という2つの重要な目的のため、レース活動は我々にとって基盤の一部だ」と語るほど、レースを重要視していた。はベントレーにとって重要な存在だった。しかし、1931年にロールス・ロイスに買収され、以来レース活動は、70年以上封印されてきた。
しかし1998年、フォルクスワーゲンがベントレーを買収し、スポーツスピリットが息づくブランドイメージで売るという方針が打ち出されたことで、レース活動再開への道が開けた。そして2001年、71年振りのル・マン復帰を果たし、2003年までには総合優勝を目指すという「ル・マン参戦3ヵ年計画」へと繋がっていくのだ。つまり2003年は集大成の年だったのであり、こちらとしても久し振りのル・マン観戦のエクスキューズを準備することが出来たのである。
実は以前、小林彰太郎さんからベントレーにまつわる話、たとえば白洲次郎氏が英国留学中に乗り回していたことを始め、数々の伝説を聞いて以来、大好きなブランドのひとつとなっていた。それも性能ではなく、この車とともに語られる人たちの、なんとも魅力的な有り様に、憧れのようなものを抱いたのだ。白洲二郎氏もその一人ではあるが、なによりも輝いているのが、ワークスチームの始まりとも言われる「ベントレー・ボーイズ」の存在だ。20年代に車を乗り回し、レースまで戦えるとなれば彼らはまごうことなき超特権階級。誰もがプレイボーイであり、ファッションにも精通し、豪快に車を乗り回し、毎日のように酒を飲み騒いでいた。その特権階級的な生き方は、ある種の憧れを醸成し、世の男達の羨望となった。ベントレーはそんなボーイズとともに、その名を世界にとどろかせていたわけで、そこが実に魅力的なのである。
2003年、久し振りに観戦したル・マンの興味は当然「ベントレー、勝利なるか?」が中心であった。するとどうだろう、2台のベントレー・スピード8は1-2フィニッシュ、73年振りに6度目の優勝を果たしたのだ。「ベントレーとレースはやはり切り離せない」という思いを新たにした。以来、何度となくベントレーのステアリングを握る機会を得るのだが、どのモデルも「スポーツ」なのである。コンチネンタル、フライングスパーなど、俺ほど大柄なボディでありながらも「意のままの操縦性」を、極上のキャビンに包まれながら味わうことが出来るのである。
一方でSUVのベンテイガがリリースされたときには「どこまでスポーツを感じられるか?」と懸念もあった。だが、走り出した途端に、それが杞憂であったことを知った。そしていま、W12気筒エンジンを搭載したベンテイガの最強モデル「スピード」のステアリングを握りながら、ガレージから静々と動き出そうとしている。果たしてどんな世界が味わえるのだろう。
重厚感のあるドアを開けて背もたれに「Speed」のロゴが施されたドライバーズシートに腰を下ろす。手触りの良さだけでなく、体ピタリと吸い付くようなホールド感を持ったシートに体を預け、スッと深呼吸すると、いつものように空気にはベントレーの香りが漂っていた。インパネ中央にはブライトリングの「ダークマザーオブパール」と名づけられたフェイスデザインのブライトリング製アナログ時計がレイアウトされ、お約束の風景がここでも変わらずそこには展開されていたのだ。ヒシヒシとベントレーだけの“上質さ”が前身と全神経を優しく包み込んでくれる。
一方で「早く走れ!」といった強迫観念を感じることがないのもいつものこと。最高出力635PSのW12ユニットを積んだ高性能バージョン「スピード」でありながら、必要以上にドライバーに対して走ることを強制してこないのである。むしろ「英国流のクラフトマンシップ、そしてデジタル技術が融合した、このベントレー独自のラグジュアリーな空間を思い切り楽しみなさいよ」とでもいいたげなのである。
もちろん、その手に乗ってやる。「スピード」専用コーディネートでグローブボックスにまで高級なアルカンターラが貼られたり、随所にカーボンパネルが配されていたりと、見どころはふんだんに用意されている。さらにフル液晶のメーターパネル、大型タッチパネル式のセンターディスプレイなど、時代の流れに沿ったデジタル化も怠りなく採用されているのである。ここにベントレー流の、時代との歩調の合わせ方が見えてきて、決して懐古趣味だけに頼ろうという手法でないことが理解できる。こうした数々の演出があるからこそ、飽きることなく上質を愛でることが出来るのである。走らずとも5分程度は軽く過ごせるだあろう心地よさから、シフターをDレンジに入れてアクセルを踏み込むと、心地よさは次の段階へと入り込む。
最大出力635馬力、最大トルク900N・mを発生する6.0LのW型12気筒エンジンが静々と回りながら、車両重量2520kgの巨体を加速させていく。そのシームレスで滑らかな加速感が高まるにつれ、エンジンならではのトルク感の心地よさにうっとりすることになる。この滑らかさはBEV(バッテリーEV)の、一点の曇りも、ひっかかりもなく加速していくモーターのそれとは少し違った感覚である。アクセルを踏み込むにつれ、かすかなエンジン鼓動を五感で感じながらトルクが増していく感覚は、エンジンとともに育ってきた世代には、すっと体に馴染んでくる。ノスタルジーだ、反環境だと言われても、聞こえないふりをして、とぼけていても許されるだろうと思ってしまう。
そしてセンターコンソールにある「ドライブモードセレクター」のダイヤルをコンフォートからスポーツモードに切り替え、アクセルをグッと踏み込んでみる。ここで初めてスピードはただものではないと、思い知らされる。それまでのエレガントさとは無縁の凶暴さを見せてくるのである。だがその立ち居振る舞いはあくまでも制御が行き届いていて、インテリジェンスさえ感じさせるワイルド感なのである。ベントレー伝統の「ボディの大きさを感じさせない運転のしやすさ」という魅力も健在。走り出して10分もするとボディの大きさが感覚的に理解できるから、すべての動きが手の内にあるように感じるのである。
設計者によればスポーツとエレガンスを両立できる「ベントレーモード(Bモード)」が最良という。その指示通りに今度はBを選択。シェフ自慢のメニューを試すのは当然のこと。これも悪くないが個人的には普段の使いこなしであればコンフォートで乗りこなすのが自分の感覚には合っていると思った。同時に、あの伝説のベントレー・ボーイズならどう乗りこなすであろう。SUVをみて「こんなものはスポーツでも、ましてやベントレーでもない」と一刀両断だろうか? いや、彼らの感性を持ってすればベンテイガの新しい楽しみ方をすぐに見つけ、ドライバーズカーとして楽しみを味わい尽くすことになるだろう。110年以上に渡り、受け継がれてきたベントレー流走りの楽しさが、色あせることはないのだから、どんな世代の人にも大きな歓びを与えてくれるのだ。
(価格)
34,100,000円~(ベンテイガ スピード/税込み)
(スペック)
全長×全幅×全高=5,145×1,995×1,755mm
最小回転半径:未公表
最低地上高:未公表
車重:2,520kg
トランスミッション:8速AT
駆動方式:4WD
エンジン:W型12気筒ツインターボ 5,945cc
最高出力:467kW(635PS)/5,000rpm
最大トルク:900Nm(91.8kgm)/1,750-4,500rpm
燃費:14.7km/100km(WLTPモード)
問い合わせ先: ベントレーコール 0120-97-7797
TEXT:佐藤篤司(AQ編集部)
男性週刊誌、ライフスタイル誌、夕刊紙など一般誌を中心に、2輪から4輪まで“いかに乗り物のある生活を楽しむか”をテーマに、多くの情報を発信・提案を行う自動車ライター。著書「クルマ界歴史の証人」(講談社刊)。日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ)会員。