電動化が進む今だからこそ、考えたいことがある。ポルシェらしさとは何か、ということだ。改めてそこに想いを巡らせてみると、その答えは意外に難しい。水平対向ユニットやリアエンジン後輪駆動(RR)レイアウトを真っ先に思い浮かべる人もいるだろうし、ルマン24時間レースをはじめとする数々の勝利が築いてきたモータースポーツの歴史を挙げる人もいるだろう。もちろん、そのどれも間違いではない。しかし、それらはあくまでポルシェというブランドを形づくる要素であって、本質ではないようにも思う。
356から911へと受け継がれてきたRRによる優れたトラクション性能。ドライバーの意思をそのまま路面へ伝えるような正確なステアリングや、減速することさえ運転する楽しさへ変えてしまうブレーキフィール。そうしたひとつひとつの要素が高い次元で結び付き、初めて「ポルシェらしい」と感じられる独特のドライブフィールが生まれる。
だからこそ、電動化という大きな転換点を迎えた今、気になったのである。EVとなっても、以前に感じたようなポルシェらしさは変わらないのだろうかということだ。その答えを確かめるため、千葉県木更津市のポルシェ・エクスペリエンスセンター(PEC)東京を訪れた。ここで、日本へ到着したばかりのカイエン・エレクトリックの発表・試乗会が行われたのである。
カイエンは2002年の登場以来、911とともにブランドを支えてきたモデルである。スポーツSUVという新たなカテゴリーを切り開き、今日のポルシェの礎を築いた立役者と言っていい。そのカイエンが、いよいよフル電動モデルとして新たな一歩を踏み出す。もっとも、それは既存のカイエンがそのままEVへ置き換わるという話ではない。内燃機関モデルやプラグインハイブリッドは従来どおりラインアップされ、その一方でEV専用プラットフォームを採用した新しいカイエン・エレクトリックが加わる。ユーザーが用途や価値観に応じて選べるという多様性に富むのも、現在のポルシェらしい考え方だろう。
発表会では、ポルシェジャパンの代表であるイモー・ブッシュマン氏が「どのセグメントにおいても最もスポーティなモデルを目指すという我々の姿勢は、もちろんEVでも変わらない」と語った。また、カイエン・エレクトリックのデザインを担当したポルシェAGのデザイナー、山下周一氏は「電気自動車になっても、ひと目でポルシェと分かること」を最も重視したという。
実車を目の前にすると、その言葉には素直に頷けた。ボディサイズ自体は従来型から大きく変わっていない。全長は約60mm長く、高さは25mm低くなった程度だ。しかし受ける印象はまったく違う。張り出したフェンダーや光を巧みに受け止める面構成によって、従来以上に引き締まり、筋肉質なプロポーションを獲得している。特にクーペはルーフラインが一段と流麗になり、SUVというよりも大型GTを思わせる伸びやかさがある。
数値を追えば、標準モデルでも442PSと835Nmを発生し、最上級ターボは1156PS、1500Nmという驚異的な性能を誇る(いずれもオーバーブースト時の値)。それでいて航続距離は600kmを超えるというのだから、スペックだけを見ても既存の電動SUVとは別次元の存在であることが分かる。しかし、ポルシェは昔からスペックだけでは語れないブランドだ。重要なのは、それだけの性能がドライバーにどう伝わるかである。その答えは、PEC東京のコースへ走り出して間もなく明らかになった。
PEC東京は、一般的なサーキットとは少し趣が異なる。速度域の高さを競う場所ではなく、切り返しが続くワインディング路やタイトコーナー、起伏の大きいコークスクリュー、キャンバー路など、日常ではなかなか経験できない路面状況をひとつのコースへ凝縮したドライビング施設である。そのため、クルマ本来の素性が想像以上によく分かる。
早速本コースへ入り、最初のコーナーへ向けてステアリングを切り込んだ瞬間、「おっ」と思った。カイエン・エレクトリックの2550kgという車重も、全幅約2mという数字も、頭の中からすっと消えてしまったのである。もちろん、物理的に車体が小さくなるわけではない。しかし、ノーズはドライバーのイメージどおりに向きを変え、ステアリングを戻せば姿勢は自然に収束する。重さを力ずくでねじ伏せているような感覚はなく、あくまで軽やかで素直だ。まさにひと回り小さなクルマへ乗り換えたような印象と言ってもいい。
SUVだからこう走る、EVだからこう曲がるといった先入観を、このカイエン・エレクトリックはあっさりと覆してしまう。理由は決してひとつではない。床下へ大容量バッテリーを敷き詰めたことで重心は大きく下がり、前後モーターによる四輪駆動が路面を確実に捉える。さらに四輪操舵やPASMをはじめとする最新のシャシー制御が、それぞれの場面で自然に仕事をしている。
特に印象的だったのは、ステアリングフィールだった。切り始めの応答は実に正確で、舵角に対する反応もリニア。それでいて過敏さはなく、路面のからのインフォメーションが自然と手のひらに伝わってくる。情報量は豊富だが、決して押しつけがましくない。必要な情報だけをしっかりと伝え、あとはドライバーへ委ねる。この節度あるコミュニケーションは、歴代のポルシェが一貫して大切にしてきた美点でもある。
ブレーキも同じだ。回生ブレーキが主体となる電気自動車では、制動の立ち上がりや踏力の変化に違和感を覚えるモデルも少なくない。しかし、このカイエン・エレクトリックでは、そうした境目をほとんど意識させられなかった。ペダルに載せた足に力を込めた瞬間から減速度は滑らかに立ち上がり、踏力に応じてリニアに制動力が増していく。そしてペダルを戻す最後の瞬間まで、その感触は変わらない。速度を落とすことがストレスではなく、次のコーナーへ向けた準備として自然に楽しめる。これもまた、ポルシェならではのブレーキフィールである。
コーナーが連続するPEC東京のコースでは、その積み重ねがそのままドライビングプレジャーへつながっていく。ステアリングを切って向きが変わり、狙ったラインをトレースする。ブレーキを踏む。姿勢が整う。それはオフロードでもまた然り。エアサスペンションがその姿勢を保ちながら、大地をしっかりと踏み締めて、着実に歩みを進めてくれる。そのひとつひとつが極めて自然につながり、ドライバーは走ることそのものへ集中できる。思えば356も911も、ポルシェが長年磨き続けてきたのは、まさにこの感覚だったのではないだろうか。
そして、その印象を決定づけたのは、PEC東京での試乗とは別の体験だった。先日開催されたFormula E東京大会で、東京ビッグサイト周辺に設けられた市街地コースを、プロドライバーが操るカイエン・エレクトリックで体感する機会を得たのである。速度はほぼレースペース。一般道とは次元の異なる領域にもかかわらず、車体は終始フラットな姿勢を維持し、ブレーキングでも姿勢は乱れない。コーナー出口では一切の迷いなく加速へ移り、その一連の動きには、限界を探るような緊張感よりも、なお余力を残しているかのような落ち着きさえ漂っていた。
その正確無比で余裕のある振る舞いは、まさにポルシェだった。聞けば、市販されるカイエン・エレクトリックにはFormula Eで培ったさまざまな技術が反映されているという。リアモーターの冷却方式をはじめ、エネルギーマネージメントや制御技術など、その多くはFormula E用のマシーンである99X Electricで蓄積したノウハウを大事にしているそうだ。
モータースポーツで得た技術を市販車へ還元する。それ自体は決して新しい話ではない。356も911も、その時代ごとのレース活動とともに進化してきた。違うのは、その舞台が内燃機関から電動パワートレインへ移ったことだけである。そう考えると、カイエン・エレクトリックは単なる新型SUVではない。ポルシェというブランドが、次の時代へ進むための新しい基準を示したモデルなのだと思えてくる。
電気自動車になったからといって、特別な走りを演出しているわけではない。静かであることや加速の鋭さをことさらに主張することもない。むしろ目指しているのは、ドライバーが違和感なく操れ、思いどおりに走らせられること。そのためなら、最新の電子制御もモーターもバッテリーも、すべて手段として使う。そんな思想が、このクルマには惜しみなく注ぎこまれている。
PEC東京での試乗を終えた際に思い返したのは、最初のコーナーだ。2550kgという数字は確かに存在するが、それでも運転している間、その重さを意識する場面はほとんどなかった。もちろん物理法則が変わるわけではない。しかし、ドライバーが感じる世界は、数字だけでは測れない。操舵に対する応答、ブレーキの感触、アクセルを踏んだときの姿勢変化。それらが高い精度で積み重なることで、結果として車格を忘れさせてしまう。
その感覚こそ、このカイエン・エレクトリックというクルマの本質なのだろう。ポルシェとは何か。試乗前には、その答えをこの電動SUVの中に見つけられるのか半信半疑だった。だが、ステアリングを握り終えた今なら思う。たとえパワートレインが変わっても、ドライバーとクルマとの対話を何よりも大切にする姿勢が変わらない限り、ポルシェはやはりポルシェなのである。
■関連情報
https://www.porsche.com/japan/jp/models/cayenne/cayenne-electric-models/cayenne-electric/
文/桐畑恒治 写真/ポルシェ・ジャパン