大陸間の長距離移動を快適にこなすクルマ、それがグランドツアラーだ。その略称である「GT」の2文字を冠したモデルは数多く存在し、現在では特にスポーツカーにおいて高性能の象徴となっている。そんなグランドツアラー(=GT)を長年にわたり作り続けているのが、イタリアの名門、マセラティである。今年で創業110周年を迎えたこのブランドが手がけた歴代のGTカーに思いを馳せながら、最新のマセラティ「グラントゥーリズモ」に試乗した。
マセラティといえば、イタリアのエレガントなラグジュアリーブランドとしての地位を確立し、世界中のセレブリティに愛されている。それはやはり、高性能でありながら優雅なエクステリアデザインと上質なインテリアを兼ね備えているからにほかならない。現在ではセダンからスーパースポーツ、SUVまで多彩なラインナップを展開しており、それらすべてがこの特有のキャラクターを持つことが、人気の理由である。
とはいえ、昔からのファンにとっては「マセラティ=GT」というイメージが根強いだろう。マセラティ家の兄弟によって設立されたこのブランドは、当初レーシングカーや特注モデルを手がけていたが、1947年には同社初の市販車であり、最初のGTとも呼べる「A6 1500」を発表した。このモデルは、流麗な2ドア・クーペ・ボディと優れたメカニズムを備え、広く支持された。これがマセラティ「GT」の原点である。
その後、マセラティはコンペティションシーンで輝かしい成績を残しながらも、量産車メーカーとして多くのGTモデルを送り出してきた。「3500GT」や「セブリング」、「ギブリ」「ボーラ」「ビトゥルボ」「3200GT」など、名を挙げればきりがない。そして、近年もっとも馴染みのあるマセラティGTといえば、2007年に登場した初代「グラントゥーリズモ」であろう。
その名のとおり、現代の「グラントゥーリズモ」はマセラティらしい流麗なボディを持った2ドア・4シーター・クーペとして誕生した。フロントには4.2~4.7Lの大排気量V8エンジンを搭載し、それを可能な限り車体中央に近づけて配置したフロントミドシップ方式や、トランスミッションをリアに置いたトランスアクスルレイアウトを一部グレードで採用するなど、正統派のGTとしての姿を貫いた一台である。
実際、この「グラントゥーリズモ」は大人4人が快適に長距離を移動できると同時に、官能的なエンジンサウンドとキレのあるハンドリングを楽しむことができた。つまり、高い快適性と運動性能を見事に両立させていたのである。モデルライフが12年にも及んだことからも、その人気と実力の高さがうかがえる。だからこそ、新型「グラントゥーリズモ」の登場に際しては、その進化に期待しつつ、以前の魅力が損なわれていないかという不安も少し抱いていた。
だが、そんな不安はまったくの杞憂に終わった。2022年にフルモデルチェンジを果たし、昨年日本に上陸した新型「グラントゥーリズモ」は、先代と同様、マセラティの哲学に忠実に作り上げられた真のグランドツアラーであった。先代に比べてボディはやや幅広く、低くなった一方で、ホイールベースはわずかに短縮され、全体としてより迫力のあるシルエットになった。
先に登場したスーパースポーツ「MC20」に通じるフロントフェイスデザインが採用され、クリーンで洗練された印象を与えている。内装も同様に、レザーの艶やかさを保ちつつ、インターフェイスのデジタル化が進み、ダッシュボードの大半を占めるモニターとタッチ式コントロールが次世代感を演出している。
そして何より注目すべきは、新型「グラントゥーリズモ」にガソリンエンジンの「ネットゥーノ」に加えて、電動モーターを搭載した「フォルゴーレ」がラインナップされた点だ。日本にはまだ電気自動車(BEV)仕様が導入されていないため、今回は内燃機関モデルに試乗し、GTとしての基本的なパフォーマンスを確認した。
BEVに注目が集まりがちな新型「グラントゥーリズモ」だが、ガソリンエンジンである「ネットゥーノ」3LV6ツインターボもまた、最新技術が投入されている。このエンジンはF1で採用される燃焼機構を取り入れるなどしたパワーと効率に優れる高性能ユニットだ。電動化が進む時代にあって、エンジンを新設計するという決断は、内燃機関の可能性を追い求めるマセラティの意地を感じさせるものであり、長年の自動車ファンには嬉しいニュースだろう。
実際、このエンジンの振る舞いは素晴らしい。先代のような派手なエグゾーストサウンドは控えめだが、スムーズな回転フィールやパワー感、ドライバーの操作に即応するレスポンスの良さは感嘆に値する。クルマ全体の動きもドライバーの意図どおりに反応し、高速クルージングでもスポーツ走行でも、どの状況でも乗員にストレスを感じさせない。この点こそ、GTとしての素養の高さを如実に示している。
新型「グラントゥーリズモ」にもGTらしい特性がしっかりと受け継がれていることを確認できた。ガソリンエンジン仕様がこれほど完成度の高いパフォーマンスを見せるのだから、より静粛でパワフルなBEV仕様では、どのようなドライビング体験が待っているのか。新たなGTカーの世界観が広がるその瞬間が楽しみでならない。
■AQ MOVIE
■関連情報
https://www.maserati.com/jp/ja/models/granturismo
文/桐畑恒治 撮影/望月浩彦