不思議なことに、クルマという工業製品には、触れた瞬間にその性格が伝わってくるものがある。ドアを開け、シートへ身を預ける。ステアリングを握り、前方へ視線を送る。そのわずかな時間のなかで、そのクルマが何を目指して作られたのかが自然と伝わってくるのである。新しいレクサス「RZ550e F SPORT」は、まさにそんな一台だった。
運転席へ乗り込んでまず目に飛び込んでくるのは、上下を大胆に切り落としたヨーク型ステアリングだ。レーシングカーや航空機の操縦桿を思わせるその形状に、初めてなら少なからず戸惑うだろう。しかし、その違和感は走り出して間もなく、「なるほど」と納得へ変わっていく。レクサスが提示したかったのは、新しい形のステアリングではなく、人とクルマとの新しい付き合い方と感じられたからだ。
1989年に誕生したレクサスは、静粛性や品質、信頼性という新しい価値を武器に、欧米のプレミアムブランドへ挑戦した。その姿勢は電動化時代の現在も変わらない。2023年には「RZ」がレクサス初のBEV専用モデルとして登場し、先ごろの改良ではバッテリーやモーター、車体、制御システムまで幅広く見直された。
その中心にあるのが、レクサスとして初採用となるステアバイワイヤである。従来のクルマは、ステアリングと前輪がシャフトで機械的につながっている。しかし「RZ」では、その接続を持たず、操舵は電気信号によって行われる。もっとも、走り始めると技術のことなどすぐに忘れてしまう。
最初の交差点では、少しだけ感覚がずれる。いつものように腕を動かすと、思った以上に車体が素早く向きを変えるからだ。ところが2つ、3つと角を曲がるうち、その違和感は消えていく。腕を交差させる必要がない。ステアリングを持ち替える必要もない。終始、9時15分の位置に添えているだけで、市街地でもワインディングでも自然に走れてしまう。このヨーク形状が、奇抜さを狙ったデザインではないことがすぐに理解できる。大きく回す必要がない以上、円形である必然性もないのである。
その恩恵は視界にも現れる。上下が開放されたことでメーターパネルはもちろん、交差点で歩行者を確認するときも、コーナー出口へ視線を送るときもステアリングが邪魔をしない。乗り降りも想像以上にスムーズだ。数字では表せない快適さとは、こういうことなのだと思う。
レクサスは「人中心」という言葉をよく使う。これまで私は、メーカーが掲げる理念のひとつとして受け止めていた。しかし「RZ」へ乗ると、その意味が少し違って見えてくる。技術を見せるためではない。人が自然に操作できるように。長時間運転しても疲れにくいように。遠くまで視線を送れるように。そのために技術を使う。ステアバイワイヤは、その考え方を分かりやすく形にした装備だった。
もっとも、新しい「RZ」の魅力はそれだけではない。走り出して速度が上がるにつれ、このクルマの完成度はさらに深く伝わってくるのである。試乗車の「RZ550e F SPORT」は、ラインアップの頂点に位置するモデル。前後に高出力モーターを搭載し、四輪駆動システム「DIRECT4」を組み合わせることで、RZのなかでもっともスポーティなキャラクターを担う。とはいえ、その印象は単純に「速い」ではない。
アクセルペダルへゆっくり力を加えると、車体は静かに動き始め、速度だけが途切れることなく積み重なっていく。BEVらしい力強さは十分に備えながらも、加速を誇示するような鋭さはない。どこまでも滑らかで、余裕を感じさせる加速だ。その印象は、ワインディングロードへ入るとさらに深まる。
コーナーへ向けて軽くブレーキを残しながらステアリングを切ると、ノーズは素直に向きを変え、続いてリアが自然に車体を押し出す。2トン超のSUVとは思えないほど身のこなしは軽く、旋回から立ち上がりまで一連の動きに淀みがない。この自然な身のこなしを支えているのがDIRECT4だ。前後輪の駆動力を緻密に制御しながら、ドライバーが描いたラインへ車体を素直に乗せていく。電子制御が積極的に介入している感覚はほとんどなく、あくまでも主役はドライバーであり、制御はその操作を静かに支えている。レクサスらしい味付けと言っていい。
さらに「550e F SPORT」には、インタラクティブマニュアルドライブが用意される。パドルを操作すると、仮想の変速段に合わせて駆動力や減速感、サウンドが変化し、エンジン車でギアを選びながら走るような感覚を味わえる。もちろん、本物のマニュアルトランスミッションとは別物であり、それを忠実に再現することが目的ではない。効率だけでは測れない「操る楽しさ」をBEVでも表現したい。その考え方こそ、この機能の価値なのだと思う。
近年のBEVは、静粛性や効率を追求するあまり、どこか均質な印象を受けるモデルも少なくない。そのなかでRZは、運転そのものを楽しませようという意思が明確だ。その姿勢は、ステアバイワイヤにもDIRECT4、インタラクティブマニュアルドライブにも共通している。どれも先進技術であることは間違いない。しかし、技術を見せることが目的ではなく、ドライバーがより自然にクルマと対話できるように、その裏側で静かに機能しているのである。
レクサスは1989年のブランド誕生以来、高級車の価値を独自の視点で磨き続けてきた。静粛性や高品質の追求に代表されるその挑戦は、電動化時代を迎えた今、「人とクルマのつながり」をどう進化させるかというテーマへ移りつつある。「RZ」は、その現在地を示す一台と言えるだろう。
試乗を終えてクルマを降りる頃には、ヨーク型ステアリングへの違和感はすっかり消えていた。それどころか、従来の丸いステアリングへ戻ったとき、こちらのほうが少し古く感じられるかもしれないと思ったほどである。新しい技術は、ともすると未来を強く意識させようとする。しかし本当に優れた技術とは、使い始めるとすぐに意識しなくなるものだ。新型「RZ」のステアバイワイヤは、まさにその好例だった。レクサスは新しい機構を提案したのではなく、ドライバーとクルマとの新しい関係や体験を示したのである。
革新とは、新しさを見せつけることではない。昨日まで当たり前だったものを、過去へ変えてしまうこと。その価値は、スペック表を眺めているだけでは伝わらない。実際にステアリングを握り、走り出したとき、初めて理解できる。その意味で、新しい「RZ」はレクサスが次の時代へ向けて放った、強い説得力のある一台と言えるだろう。
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https://lexus.jp/models/rz/features/fsport/
文/桐畑恒治 撮影/望月浩彦