フェラーリの新たなV12フラッグシップモデルとして登場した「12Cilindri(ドーディチ チリンドリ)」。イタリア語で12気筒を意味するその名には、厳しい環境規制の時代にあってなお、V12こそがフェラーリであるという強い意志が感じられる。ルクセンブルクで開催された国際試乗会で、サーキットでの走りの歓びとストリートでの優雅さを併せ持つ、現代のグランツーリスモとしての真価を確かめた。2023年5月、北米マイアミでワールドプレミアされたフェラーリの新たなるV12フラッグシップ「12Cilindri」。イタリア語で「12気筒」を意味するその名は、フェラーリのアイデンティティそのものへのオマージュだ。
1947年、エンツォ・フェラーリが自らの名を冠した最初のモデルとして世に送り出したのは、1.5リッターV12エンジンを搭載した「125S」。以来、「250GTO」「275GTB」、そして「365GTB4 デイトナ」と、フロントにV12エンジンを擁する名車たちの系譜は脈々と受け継がれてきた。
例えば1960年代、250GTシリーズの優美な一台として登場した「250GT ベルリネッタ ルッソ」は、レーシングDNAを継承しながら、洗練された乗り心地と優美なスタイリングを兼ね備えたグランツーリスモとして、セレブリティたちの心を掴んだ。中でも”キング・オブ・クール”の異名を持つスティーブ・マックイーンは、自身の「250GT ベルリネッタ ルッソ」で、ハリウッドの喧騒を離れ、カリフォルニアの峠道を駆け抜けたという。また、映画スターとしての華やかな公の場にも、その美しいフェラーリで颯爽と現れた。その姿は、サーキットからストリートまで、あらゆるシーンで活躍できるフェラーリV12グランツーリスモの真価を体現していた。
近年、環境規制の強化や電動化の波の中で、自然吸気V12エンジンの存続が危ぶまれる。フェラーリ自身、V8ターボやV6ターボのハイブリッドモデルをラインアップに加えるなど、電動化への対応を加速させている。そんな時代に、あえて「12Cilindri」という車名を冠したことには、V12エンジンこそがフェラーリのDNAであり、これを未来へ継承していくという強い決意が感じられる。2017年デビューの「812スーパーファスト」の後継となる本モデルは、全長4733mm、全幅2176mm、全高1292mmというボディサイズを持つ。注目すべきは、優れた回頭性を引き出すため、先代から20mm短縮された2700mmのホイールベース。これにより、「812スーパーファスト」よりもさらにシャープなハンドリング特性の実現を目指した。
そんな「12Cilindri」との出会いの場となったのは、深まりゆく秋のルクセンブルク。空の玄関口となるフィンデル空港から北へ1時間ほど走ると、起伏に富んだ丘陵地帯が広がる自然公園に至る。その中に佇む古城をリノベーションしたホテルが、国際試乗会の拠点となった。夜中に降った雨が地面や木々を濡らし、厚い雲が空を覆う静寂の中、ホテルの裏庭に整然と並ぶ「12Cilindri」のシルエット。「モンテカルロイエロー」と名付けられた深みのある黄色のボディカラーが、しっとりとした朝の空気の中で静かな存在感を放っている。
エクステリアデザインは、フェラーリのチーフデザインオフィサー、フラビオ・マンゾーニ氏が「これまでのV12フロントミッドシップエンジンのスタイルコードを根本的に変えたかった」と語るように、伝統と革新の融合が図られている。なめらかな曲面で構成されたロングノーズ・ショートデッキの流れるようなフォルムは極めて端正で、クラシカルな美しさに満ちている。一方で、リアウィンドウからリアデッキにかけては、超高速旅客機「コンコルド」のデルタウィングをモチーフとした形状が採用され、未来的な印象も併せ持つ。
注目すべきは、エレガントなスタイリングとエアロダイナミクス性能の両立だ。従来のような固定式リアスポイラーの代わりに、リアスクリーンと一体化した左右2つの可動フラップを採用。60km/hから300km/hの間で作動することで、美しいデザインを損なうことなく、高速域での空力的な安定性を確保している。
ドライバーズシートに収まると、フェラーリの最新デザインコンセプト「デュアル・コックピット・アーキテクチャー」に則って造型された、スポーティかつエレガントなコクピットが目前に広がる。
インストルメントパネル上面は左右へと流麗に広がり、ドアパネルへと美しく溶け込んでいく。キャビンは左右対称の構造を持ち、ドライバーとパッセンジャーそれぞれの空間が明確に区切られている。色調と素材の絶妙な組み合わせにより、スポーティさとエレガンスが見事に調和し、卓越した質感を醸成している。
インターフェイスはセンターの10.25インチのタッチスクリーンを中心に、15.6インチのドライバー用ディスプレイ、そして助手席側には8.8インチのディスプレイを配置。助手席のパッセンジャーもドライビング・エクスペリエンスに参加できる、フェラーリならではの演出だ。
また、リサイクルポリエステルを65%含むアルカンターラをはじめ、サステナブルな素材を幅広く採用するなど、環境への配慮も怠っていない。心臓部には、2002年デビューのスペチアーレモデル「エンツォ」に端を発するF140系V12の最新バージョン「F140HD」を搭載。6496ccの排気量は812スーパーファストと同じながら、チタン製コンロッドやアルミニウム合金製ピストン、軽量クランクシャフトの採用により、最高出力は800cv(812スーパーファスト)から830cvへ向上。最高回転数も8900rpmから9500rpmへと引き上げられた。
その結果、0-100km/h加速は2.9秒、0-200km/h加速は7.9秒という驚異的なパフォーマンスを実現。最高速度は340km/hを超える。さらに特筆すべきは、9000rpmを超える超高回転型でありながら、最大トルク678Nmの80%をわずか2500rpmで発生する、驚くべきフラットなトルク特性だ。この特性により、サーキットでの高回転域での伸びの良さと、街中での扱いやすさを両立している。ステアリングホイールのエンジンスタートボタンを押すと、V12ユニットが静かに目覚める。走り出してまず印象的なのが、静粛性の高さと上質で滑らかな乗り心地だ。たとえば前身モデルの812スーパーファストでは、ドライバーの直前に鎮座するV12ユニットが、火を入れた瞬間から自らの存在をアピールするかのごとく、低く唸るようなサウンドを車内に伝えてきた。
一方「12Cilindri」は、街中でストップ&ゴーを繰り返すような状況では、V12の存在を忘れてしまうほどに静かなのだ。新開発の8速DCT(デュアルクラッチトランスミッション)も、低速域での変速をきわめて滑らかにこなし、スポーツサルーンさながらの洗練された走りを披露する。
試乗ルートは、拠点となるホテルを起点に、ルクセンブルクのカントリーロードを走る約130kmのコース。広大な草原を縫うように走る起伏に富んだカントリーロードからは、フロントスクリーン越しに遠方の丘陵が幾重にも重なるパノラミックな景観が展開される。その牧歌的な風景の中、路面がウェットからドライに変わったタイミングでマネッティーノを「WET」から「SPORT」モードに切り替えると、「12Cilindri」は別の顔を見せる。アクセルを踏み込むと、フェラーリV12のDNAそのものを体現するような官能的なサウンドを轟かせ、9500rpmのレブリミットに向けてレーシングエンジン譲りの鋭い吹け上がりを見せる。
印象的なのは、自然吸気V12ユニットならではの特質だ。エンジン回転の上昇とともに高まる排気音は、まるで加速度と完璧にシンクロするかのような一体感を生み出し、ドライバーを限りない高みへと導いていく。そしてこの圧倒的なパワーを意のままに操れるのも、「12Cilindri」の特筆すべき魅力だ。フロント48.4%:リア51.6%という前後重量配分を活かしながら、296GTBで登場したブレーキ・バイ・ワイヤや812コンペティツィオーネから改良された四輪独立操舵(4WS)などを統合的に制御する最先端の電子制御システムにより、優れたダイナミクス性能を実現している。さらに、総アルミニウム製の新設計シャシーは、812スーパーファストと比べねじり剛性を15%向上。コーナリング時のボディの挙動やサスペンションの動きに好影響をもたらし、ドライバーの意思通りの正確なコントロールを可能にしている。
その効果は絶大で、カントリーロードのワインディングセクションでも、まるでレールをトレースするように安定感のある走りを披露する。ショートホイールベース化とフロントミッドシップレイアウトがもたらす俊敏性も相まって、大きなボディを感じさせない軽快なハンドリングを実現している。
広大な草原からワインディングロードまで、変化に富んだ約130kmのルートを走り込み、ホテルへと戻る。ルクセンブルクの美しいカントリーロードを駆け抜けた2時間半のドライブは、「12Cilindri」の多彩な魅力を存分に味わうことができる、充実した時間となった。市街地での穏やかな走りから、ワインディングでの官能的なドライビングまで、1台で異なる表情を見せるその懐の深さは、まさにグランツーリスモの理想形といえるだろう。
「12Cilindri」は、フェラーリV12グランツーリスモの血統を守りながら、現代に求められる快適性と利便性を高次元で実現している。それは単なるノスタルジーではなく、250GTOや275GTBといった1950~60年代のV12グランツーリスモが持っていた、多面的な魅力を現代に再解釈した姿だ。そして、もし現代のマックイーンが「12Cilindri」を手にしたなら、彼はきっとその真価を理解するだろう。なぜなら、この最新のV12グランツーリスモには、かつてのベルリネッタ ルッソが体現した、サーキットでの走りの歓びとストリートでの優雅さを併せ持つ、真のグランツーリスモの精神が息づいているからだ。
オープントップモデルの「12Cilindri Spider」も同時発表され、価格はベルリネッタが5674万円、スパイダーが6241万円。厳しい環境規制下にありながら、V12エンジンの開発を貫くフェラーリの決意。その結晶として生まれた「12Cilindri」には、跳ね馬の新たな伝説を予感させるものがある。
■関連情報
https://www.ferrari.com/ja-JP/auto/ferrari-12cilindri
文/山口幸一