2019年7月、ロンドンで1台のスポーツカーが公開された。その名はロータス「エヴァイヤ」。それは、ロータスのフル電動スポーツカーだった。世界中のロータスファンは、おそらくロータスお前もか!と耳を疑い、中には落ち込んだ人もいたのではないだろうか。1960年代にロータスは「セブン」「エリート」など小排気量のライトウエイトスポーツを発売し、比較的安価で提供した。
しかし、ロータスは今日までの75年にわたるレシプロスポーツカーの歴史を忘れてはいなかった。2021年7月にスポーツモデル「エミーラ」が発表されたのだ。新しいミッドシップスポーツカーは、最後のリアルエンジンスポーツカーとして最高の性能を纏って登場した。
新開発の接着アルミニウムシャーシに搭載されたパワーユニットは2.0Lと3.6L。日本向けモデルは2022年から生産されると発表されたが、最近になってようやく納車が始まった。
2.0ℓのエンジンは初めて開発協力を行なうことになったメルセデスAMGが手がけた直列4気筒ターボのAMGタイプ139。メルセデス・ベンツの4気筒をAMGがセットアップしたガソリンターボをミッドシップに採用した。365PS、430Nmの性能は、ロータスが作り上げた最高で最後のミッドシップスポーツカーにふさわしいパワーユニットだ。「エミーラ ファーストエディション」これが今回、試乗したモデルの正式名称だ。
その姿は「エリーゼ」「エキシージ」「エヴォーラ」など最後のライトウエイトスポーツと呼ばれた3台とは異なる面と線で構成された美しさをもつ。2019年に発表したEVスポーツ「エヴァイヤ」の影響も多く見受けられた。EVは電費を稼ぐため、空気抵抗を減少させなければならないという課題があるが、そこにはF1で培ってきた空力哲学を活用し、クリアした。
ボディは、フロント、サイド、リアが筒状のような形状にし空気の流れを妨げないような構造になっているが、「エミーラ」にもその手法が採り入れられていた。
ロータスにとって「エミーラ」はEVとレシプロエンジン車の交差点と位置付けられるスポーツカーなのだ。幸いなことに、今回「エミーラ」のハンドルを握り、2ℓターボ+8速ATを操っていた時、その感覚は、かつてのレシプロエンジンを搭載したロータス「スポーツ」に近いものがあった。筆者が初めてロータスという名の付くスポーツカーに乗ったのは1963年3月に遡る。
この年、鈴鹿で第1回日本グランプリが開催されることになり、全国のレース好きな人たちが練習していた。私の父親の友人もその1人として参加していた。そのとき、父親の友人の仲間の1人が、ロータス「エリート」に乗って参加していた。結局、その人はレースに出場しなかったが、クルマ好きの子供を見て隣に乗せてくれた。その時の印象は地面に座ったみたいに目線が低く、スタートからの加速で頭部を後ろに持っていかれ、コーナーでは足をふんばっていないと左右に振られる記憶しか残っていない。後で知ったのだが、当時「エリート」は日本に数台しか輸入されていない超希少車ということだった。
次にサーキットで見かけたのは1965年7月。開場からわずか2年で閉鎖されてしまった伝説のサーキット・船橋サーキットのこけら落としレースとして開催された「全日本自動車クラブ選手権レース大会 ’65シリーズ1」の会場だった。7月18日、雨のサーキットのGT-IIクラスに「レーシングエラン」が出場していた。コースはウェットなのに「レーシングエラン」は、2位とブッチギリの差でポールポジションを獲得。本番でも1周2.4kmコースを30周するレースで、2位に20秒近い差をつけて勝利した。これがロータスの走りを目した2回目だった。ちなみにこの時「レーシングエラン」のドライバーは浮谷東次郎、2位は「スカイラインGT」の生沢徹だった。「ノーマルエラン」も参加していたが、7位でフィニッシュしていた。
自らハンドルを握って走ったロータス車は「エランクーペ」(1969年)、「ヨーロッパ」(1969年)、「エラン+2」(1969年)。当時の純代理店だった東急商車から父親がクルマを購入していたこともあり、免許を取って間もないこの若造にハンドルをまかせてくれた。その頃、メカニカルなことなどわかるわけがなかったが、どのロータス車も、軽快さとシャープなハンドルの切れ味が印象的だった。当時乗っていた国産のスポーツセダンとは比べものにならなかったことは忘れられない。
本格的に試乗したロータスは「エクラ」からだった。1975年に発表されたファストバックスタイルの2+2クーペ。1982年からトヨタ製のパーツを一部に使用し、車名を「エクラ エクセル」に変更。1983年から「エクセル」と呼ばれたスポーツカー。以来、日本に上陸したほとんどのロータスは試乗しているのだが、常に変わらないのはボクサーシューズか、レーシングシューズでないと隣のペダルを一緒に踏んでしまうほど足元はタイトで、車速を高めていくとシャープになるハンドリング。
これは、のちに高額車路線に転向したロータスも同じ。運転席に座って、ペダルを踏み込み、走り出した時のプライベート感はたまらない。この感覚は「エリーゼ」「エキシージ」「エヴォーラ」まで同じだった。うれしかったのが、最後のミッドシップエンジン車である「エミーラ」にもこの感覚が残っていたことだ。
AMGプロデュースの2.0ℓターボは6500回転までキッチリ回り、アクセルにリニアに反応する。ドライブモードは「TOUR」「SPORT」「TRACK」の3モード。「TOUR」では2500回転から、「SPORT」では全域でトルクフル。ロータスらしいのはエキゾーストノートが常に紳士的なこと。シャープなハンドリングはいつものロータス「スポーツ」。個人的にはV6、3.6ℓよりも直4,2.0ℓのほうがロータスらしいライトウエイト感を楽しめた。
EV化されたロータスも次々発表され、ハイエンド、ビッグボディ、ハイパフォーマンス路線を進んでいるが、ライトウエイトなロータスも生き残ってほしい。今回「エミーラ」のハンドルを握り、ワインディングを攻めて、ひと休みしている時にそう感じた。
• 関連情報
http://www.lotus-cars.jp/our-cars/current-range/emira/index.html
文/石川真禧照 撮影/望月浩彦