シボレー「コルベット」――言わずと知れたアメリカを代表するスポーツカーである。そのパワフルでグラマラスな姿は、たとえクルマに詳しくなくとも自然に思い浮かぶかもしれない。その力強い印象はやはり、長い歴史と高い実力に裏打ちされたものと言えるだろう。そして今、「コルベット」が紡いできた物語の新たな章が幕を開けた。
「コルベット」の歴史は古く、初代モデル(通称C1)は1953年、今から約70年前に誕生した。小型快速艇から引用されたというモデル名が、現在販売されている市販車のなかでもっとも長い歴史を誇るというのも頷ける話だ。その誕生の背景には、ゼネラルモーターズ(GM)の当時のスタイリング・チーフでありスポーツカー愛好家のハーリーJ.アールの存在があった。彼は当時のGMのラインナップにスポーツカーを加える必要性を感じるとともに、自身の息子やその友人たちが選べるような安価なスポーツカーを作りたいと考えた。そんな志の下で、スチール製のフレームシャシーに直列6気筒エンジンを組み合わせ、世界初の強化プラスチックのボディを被せた2シーター・スポーツカーが生まれたのである。
そうして誕生した「コルベット」が不動の人気を獲得した要因のひとつは、V8エンジンの搭載だろう。開発を主導したのは、GMのエンジニアでありレーシングドライバーでもあったゾーラ・アーカス・ダントフ。彼が手掛けたV8エンジンを搭載した「コルベット」は、欧州勢と十分に渡り合えるレーシングカーとしての実力を身に着け、数々の勝利を収めていく。
そうしてレース界でも人気を博した「コルベット」は、名実ともにアメリカンスポーツカーの主役の座に上がった。アールが「コルベット」の生みの親ならダントフは育ての親とも言うべき存在だ。その後、「コルベット」はV8ユニットを増強しながら進化。同時にGMデザインを率いたビル・ミッチェルや、日系アメリカ人デザイナーのラリー・シノダの手になるグラマラスなボディを纏い、スポーツカー好きの心をさらにガッチリと掴んでいったのである。
約70年に及ぶ「コルベット」の歴史の中ではもちろん、エンジンの強化とともに運動性能のさらなる向上にも力が注がれてきた。育ての親であるダントフは、自身がルマン24時間レースでクラス優勝を果たしたポルシェをはじめとするミッドシップカーの運動性能の高さを認識していた。その中でダントフは、1959年にミッドシップのコンセプトモデル「CERV1」を開発。つまり「コルベット」は当初からミッドシップ化の可能性を模索していたのだ。
ちなみに1963年の「CERV2」では4WDも採用している。そんな挑戦は連綿と続けられていたものの、時代の安全要件や会社の方針としてフロントエンジン後輪駆動のままで連綿と作り続けられてきた「コルベット」。それが大きな転機を迎えたのは2019年。第8世代(通称C8)へのフルモデルチェンジで、念願ともいうべきミッドシップ化を果たし、新世代アメリカンスポーツとしての一歩を踏み出したのである。
8代目「コルベット」のデザインはこれまでよりもさらにエッジが際立ち、いかにもスーパースポーツ然とした佇まいに生まれ変わった。車体の中央に配置されるエンジンは、伝統の6.2LV8 OHV。ギアボックスは8段DCTを組み合わせて後輪を駆動、というのがC8型の基本的な成り立ちだが、ここで紹介する「コルベット E-Ray」はさらに先進性を増した一台なのである。
「コルベットE-Ray」がベース車と異なるのは、フロントアクスルに電動モーターを搭載し、電動駆動用のバッテリーが追加されたところ。つまり「E-Ray」はフロント:モーター駆動、リア:エンジン駆動のハイブリッド4WD方式を採用する。このシステムはエンジンによる後輪駆動を基本としつつ、走行状況に応じてフロントモーターが加勢し、力強さや瞬発力、安全性をサポートする仕組みとなっている。
ただし、モーター駆動が可能だからといって一般的な日本のハイブリッド車のように自動的にEV走行に切り替わるわけではなく、ドライバーがエンジンオフのアクセサリー状態で「ステルス」ないしは「シャトル」というドライブモードを選択して初めてEV 走行が可能となる。
つまり、環境性能よりも運動性能の向上を重視したハイブリッド化なのである。そのため、コクピットに着いてスターターを押せば「コルベットE-Ray」は力強いV8サウンドとともに目覚める。多くのハイブリッド車とは異なり、EV走行がデフォルトでないことにちょっと驚きつつも、そのサウンドで「コルベット」らしさを再確認し、思わず頬が緩む。
さらに笑みがこぼれるのは、その乗り心地の良さ。空気を切り裂いて走りそうな鋭いデザインからスパルタンな乗り味を予想しがちだが、これまでの「コルベット」がそうであったように、C8も高い快適性が確保されている。特にこの「コルベットE-Ray」ではハイブリッド用バッテリーやモーターの追加による重量増や、それにあわせた車体の強化とも相まって、ベースモデルよりもさらに足がよく動き、しっとりとした乗り心地を伝えてくれるのだ。従来型「コルベット」が伝統的にリーフスプリングを採用してきたのに対し、C8からコイルに変更されたことも、快適性の向上に一役買っているに違いない。
一般道では上級サルーンにも比肩する快適さを保ちつつ、一度ムチをくれてやると「コルベットE-Ray」はたちまちスーパースポーツらしいダイナミックさを発揮する。特にワインディングロードでは「コルベット」ならではの力強い後輪の蹴り上げ感はそのままに、ドライバーを中心に旋回するミッドシップらしいヒラヒラ感を楽しみながら、前輪が車体を引っ張っていってくれるような感覚が味わえる。大きなパワーを後輪だけでなく前輪でも受け止めることで、旋回時の安定感も格段に上がっている。ミッドシップ四駆ならではのバランスの良さと高いトラクション性能が相まって、そのスポーツ性が一段と高まった印象だ。
現代に求められる様々な要件を満たしながら、アメリカンスポーツカーらしいダイナミズムを電動化で昇華させたのが「コルベットE-Ray」というクルマだ。かつてアールが息子たちに新しいスポーツカーを贈りたかったように、今の開発陣は世界のスポーツカー愛好家にコルベットの新たな世界観を示したかったに違いない。その第一歩がフルモデルチェンジ時のミッドシップ化であり、ハイブリッド4WDスポーツの「E-Ray」の追加だ。そんな他のスーパースポーツとは異なる独自の魅力が備わった「コルベット」に、新たなファンが加わることは間違いない。
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■ 関連情報
https://www.chevroletjapan.com/corvette/e-ray
文/桐畑恒治 撮影/望月浩彦