数あるスポーツカーの中でも、ポルシェ「911」は特に印象的な存在だ。1963年のフランクフルト・モーターショーで発表されて以来、60年にわたって同一の車名と独特のスタイルを守り続けてきた。その象徴が、車体後部に搭載された水平対向エンジンと、後輪を駆動する〝RR(Rear Engine, Rear Drive)〟レイアウトである。
RRレイアウトの最大の特徴は、その優れたトラクション性能にある。エンジンの駆動力をしっかりと路面に伝えることで、スポーツカーとしてのパフォーマンスが一段と際立つのはいうまでもないだろう。また、エンジンをリアに配置することでフロント部分を低く抑えることができ、空力的に有利なデザインを可能にしている。さらに、RRレイアウトは4人乗りの座席を確保できるため、ミッドシップスポーツカーにはない実用性も持ち合わせている。この独自の設計と性能で「911」は多くのファンの心を掴んできた。
「911」はファンの間では型式名で親しまれることが多く、初代の「901」から始まり、「930」「964」「993」「996」「997」「991」を経て、現行モデルの「992」へと進化してきた。基本的なRRレイアウトと水平対向エンジンは変わらないが、途中で大きな技術的転換点もあった。その一例が3代目での4WDの採用だ。RRレイアウトはトラクション性能や実用面でのメリットを持つ一方で、前後重量バランスに難があり、操縦性に課題を抱えていた。これを克服するため、ポルシェは絶え間ない技術革新を続け、その結果として生まれたのが、4WDモデルの「カレラ4」である。
また、「911」のもうひとつの象徴である水平対向6気筒エンジンも進化を遂げてきた。この〝フラットシックス〟は、5代目「996」型で冷却方式が空冷から水冷へと変更され、さらに7代目の途中からは排気量を小さくしつつターボを採用することで、パフォーマンスと環境性能の向上が図られた。最新の「992」型はつい先頃マイナーチェンジを受け、ハイブリッドモデルがラインナップに加わった。
今回の試乗車は「992」型の「カレラT」。これは伝統のRR方式を採用する標準型カレラをベースに軽量化を施し、運動性能を向上させた仕様である。「カレラT」は初代「911」から用意されたグレードのひとつで、当時のツーリングカーレース用ベース車両として設定された。現代版「カレラT」はその精神を受け継ぎ、リアシートが取り払われ、軽量ガラスを採用するなどの徹底したダイエットが図られている。また、このモデルではマニュアルトランスミッションが選べるのも、スポーツカー好き、「911」ファンには魅力的に映るだろう。
それにしても最新の「911」は随分と立派な体躯となり迫力が増した。特に「997」型から「991」型へのモデルチェンジで「911」はひと回り大きくなり、グランドツアラーとしての性格を強めているが、その特徴は「992」型にも受け継がれており、どっしりとした存在感が印象的だ。
それでも、歴代モデルの面影はインテリアに息づいていて、特にメーター周りのレイアウトは初代を彷彿とさせる。インストルメントパネルは水平基調となり、表示方法こそデジタルディスプレイに進化しているものの、中央にタコメーターを配置した5連メーターは健在。シートもヘッドレスト一体型のスポーツタイプで、乗員の体にしっかりとフィットするのがいい。運転しやすい環境が整っている。
「カレラT」は細かな仕様変更によって、ベースとなった「カレラ」から35kgの軽量化が図られた。この効果は顕著で、節度感の高い7速マニュアルシフトの軽快な操作感と、標準型と同じながらも385ps/450Nmのちょうどいい塩梅のパワーとレスポンスを誇る3Lフラットシックス・ツインターボが見事に調和し、リズミカルかつ小気味良いフットワークが楽しめる。軽量化というオーソドックスな手法がスポーツカーにとって実に効果的であることが実感でき、スポーツカーとしての「911」の本質を味わうには最適なモデルだ。
ワインディングロードに連れ出すと、「911」のキャラクターが一層際立ってくる。高い走行安定性を保ちながら、ペースアップしてもステアリングやペダル操作の正確性は揺るがない。ドライバーの操作に対していずれも遅れることなく反応し、しかも過敏すぎないのがいい。それはオプションで用意される後輪操舵システムが備わっていたことも利いているだろうが、とにかくドライバーが意図したラインを正確にトレースすることができ、後輪の蹴り出し感もスロットルペダルを通じて絶妙にコントロールできる。RRレイアウトでありつつ、盤石の安定感を維持しながら、オン・ザ・レール感覚でコーナーをスムーズにクリアできるのが、最新の「カレラT」の特徴である。
さらに感心させられるのはブレーキ性能だ。ポルシェに共通する制動力の立ち上がりの速さとリニアな操作感はもちろん健在だが、特にリアヘビーな「911」では、ブレーキング時に前後の重量バランスが整い、さらに高度なコントロール性が発揮される。最新の「911」は全方位においてのリニアリティのレベルが高く、その感覚は高速道路でも一般道でも十分に実感できる。それこそが何より「911」の味と言えるだろう。
「911」シリーズはこの60年の間、様々な技術的な課題に直面しながらも常に改良を重ね、〝最新が最良のポルシェ〟という評価を確立するまでに進化を遂げてきた。つまり、RRレイアウトと水平対向エンジンという基本設計を守りつつ、技術の研鑽を続ける限り、「911」は「911」であり続けるということだ。
つい先頃、現行の「992」型もマイナーチェンジを果たし、「911」の歴史において初めてハイブリッドモデルがラインナップされることとなった。その内容は環境対策に留まらず、むしろ走行性能を重視したもののようだが、きっとこれも我々の想像を上回る精度の高さで類希なるパフォーマンスを発揮してくれるのだろう。そんな新しい「911」の上陸が待ち遠しいのは、私だけではないはずである。
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https://configurator.porsche.com/ja-JP/model/992150
文/桐畑恒治 撮影/望月浩彦