2022年、フェラーリからまったく新しいモデルが登場した。ライバルのプレミアムブランドが、こぞって〝売れる〟SUVをラインナップする中、フェラーリもそれに倣ったのかと大きな話題になった。しかし、我々の前に姿を現したのは、かつてないスタイルの4ドア・4シーターモデルだった。
フェラーリのこれまでの歩みは、ずっとモーターレーシングと共にあった。創業者のエンツォ・フェラーリ自身がレーシングドライバーだったこともあり、F1を始めとするコンペティションに積極的に参加して、数々の勝利を収め、フェラーリの名を広めてファンと顧客を集めた。そこで得た資金を元にブランドとプロダクトを大きく発展させ、世界屈指のスポーツカーブランドとしての地位を確立してきた。だからこそブランドには似つかわしくないSUVに手を伸ばしたのかと賛否が巻き起こったが、フェラーリは新しいモデルを「純血種のスポーツカー」と主張したのである。
「プロサングエ」と名付けられたこのモデルは、イタリア語で純血種(サラブレッド)を意味する。全長約5m、全幅2m、全高1.6mのボディに、フェラーリ初の4ドア・4シーターを実現している。ボリューム感のあるスタイルは確かにSUVやクロスオーバーを彷彿とさせるが、メカニカルな部分はフェラーリらしさに溢れている。
フロントには伝統的な自然吸気V型12気筒エンジンを搭載し、重量バランスを最適化するためにトランスミッションをリアに配置したトランスアクスル方式を採用。さらに、このモデル専用に開発されたアクティブサスペンションを用いるなど、走りに対するこだわりが見て取れる。その姿勢は紛れもなくフェラーリなのである。
観音開きのドアを開けて運転席に座ると、そこはドライビングに徹することができるフェラーリの世界が広がっている。左右対称のコクピットは運転に必要な操作系を適切に配置し、シートも運転に集中できる掛け心地とホールド性を確保。その印象は後席にも共通していて、シートは左右独立したレイアウトでバケット形状となっており、高めのヒップポイントと相まって収まりが良い。多人数とその荷物を乗せて、ストレスを感じさせない移動が可能な「プロサングエ」は、全方位的に使い勝手のいいフェラーリなのである。
高い静粛性が保たれているのも「プロサングエ」の特徴である。ステアリングスポークに配置されるスターターを押して伝統のV12ユニットを始動してもその音量は常識的な範囲に留められ、フロント22インチ、リア23インチという巨大なタイヤからのノイズの類いも気にならない程度に抑えられている。つまりは運転に集中できるスポーツカーであるとともに、長距離行を得意とするグラントゥーリズモとしてのキャラクターとパフォーマンスが徹底的に磨き上げられているのである。
このスタイルからは多少の姿勢変化を許す、ゆったりとした走りを想像するかもしれないが、実際はフェラーリのモデルらしい、節度感のある乗り心地を示している。特に高速道路では、長いホイールベースからもたらされる直進安定性の高さが感じられ、速度に関係なく矢のように突き進むことができる。ワインディングロードに舞台を移してもその印象は変わらず、大きなボディの姿勢変化は緻密に制御されている。その操りやすさは、ボディサイズをひと回り小さく感じさせるほどだ。
それは何よりフェラーリが〝FAST〟と名付けたアクティブサスペンションシステムの恩恵によるところが大きいだろう。フェラーリがこれまで4ドア・4シーターモデルを登場させなかったのは、そのスタイルで納得のいく走りを実現できなかったから。それがクリアされ、ベストバランスを得た前後重量配分、熟成を重ねた4WDシステム、後輪操舵、そして比類なきパフォーマンスと気持ちよさが味わえるV12エンジンなどで徹底武装した結果、フェラーリが自信を持ってドライビングプレジャーが提供できるモデルに仕上がったのだ。だからこそフェラーリはこのモデルに〝サラブレッド〟という名を授けたのである。
確かに、そのスタイルだけをなぞれば、「プロサングエ」はクロスオーバーSUVと言え、そうカテゴライズしたくもなるのが正直なところ。しかし、ジェンダーレスという言葉があるように、いまは区別するのではなく、存在そのものをひとつの個性として認める時代である。だからこそフェラーリは自身のプライドを守りながら、時代や顧客の要請に応じて新しい扉を開いた。つまり「プロサングエ」は誰がなんと言おうとフェラーリの正統的なスポーツカーであり、グラントゥーリズモなのである。
■AQ MOVIE
■関連情報
https://www.ferrari.com/ja-JP/auto/ferrari-purosangue
文/桐畑恒治 撮影/望月浩彦