1970年代、スポーツカーは大きな転換期を迎えた。それまでのフロントエンジンから車体中央に配置するミッドシップ方式への移行は、車体デザインの自由度を格段に高めた。空気を切り裂くようなウェッジシェイプのスタイルをまとった〝スーパーカー〟が次々と誕生し、その未来的でハイパフォーマンスな姿に多くの人たちが心奪われたはずだ。
そんな熱狂的な時代の中で、純粋な〝競争〟に心血を注いでいたのがマクラーレンである。同社はレーシングドライバーだったブルース・マクラーレンが1963年に興したメーカー兼コンストラクターで、70~80年代の主戦場はモーターレーシングの世界にあった。特に80年代に栄華を極め、ホンダの強力なエンジンや、アイルトン・セナやアラン・プロストといった超一級のドライバーとの共に数々の勝利を収めた。
コンペティション活動と並行しながら、マクラーレンが新たな一歩を踏み出したのは1992年、ロードカーの「マクラーレンF1」を発表したことだろう。世界最高・最速を目指したそのスーパーカーは、1+2というシートレイアウトやその直後に配置したV型12気筒ユニットなど、F1で培われた知見が存分に注ぎ込まれていた。実際、これがマイルストーンとなって現代に続くマクラーレン・ロードカーの基礎が築かれた。そして専用部門のマクラーレン・オートモーティブが設立され、MP4-12C、650S、570などを次々とリリース。それらのDNAを受け継ぎつつ、新しい方向性を示しているのがここに紹介する「アルトゥーラ」である。
アルトゥーラは2021年に発表された、マクラーレンの次世代を担うスーパースポーツモデルだ。これもひとつの〝スーパーカー〟であることは間違いないが、現代版はそのひと言で片付けられないほど進化を果たしている。車体はこのモデルから新世代となったマクラーレン・カーボン・ライトウェイト・アーキテクチャー(MCLA)をベースに、空力をとことんまで突き詰めたエアロダイナミックボディを纏う。
特筆すべきはハイブリッドパワートレインの採用だ。しかも外部充電が可能なプラグイン・ハイブリッドなのである。車体中央にミッドシップされるエンジンは新開発の3LV6ツインターボ。これにコンパクトなアキシャル・モーターを組み込むことで、電動走行とエンジンのサポート、そして環境負荷の低減が図られている。つまりは速く、気持ちよく走ることを前提としながら、持続可能性とスーパースポーツカーの新しいあり方、そしてマクラーレンの未来を示しているのがアルトゥーラといえる。
新しいスーパースポーツのコクピットに乗り込んでみる。スーパーカーの象徴でもあるガルウィング、否、〝ディヘドラルドア〟は車体脇からルーフ部分までガバッと開くが、それは何より車体の中心に近い位置にあるシートへのアクセスを容易にする。そのシートは適度にコンパクトかつタイトで、眼前のステアリングホイールにスイッチ類は備わらない。これは、車体や路面とのコンタクトに余計な干渉を排除するためだ。その仕立てはマクラーレン・ロードカーの定石であり、アルトゥーラもまた、ドライバーとそのスポーツドライビングに真摯に向き合ったピュアなスポーツカーであることを物語っている。
センターコンソールにある赤いスターターを押し込み、車両をREADY状態にする。そこですぐにエンジンがかからないのが新しいマクラーレンの証拠。いわゆるデフォルトの状態のドライビングモードはELECTRIC、つまりはモーターだけによる電動走行状態になっているから、そのままアクセルを踏み込むとアルトゥーラは静かに歩みを進めるだけ。控えめといっても十分に派手派手しいスーパースポーツが音もなく動きだすその様は、違和感と未来感が混ざった新鮮な体験である。
その動き出し、ステアリングの回転感、モーター駆動からエンジンへの切り替わり等々、どこを切り取ってもシームレスにつながっているのが、アルトゥーラの特徴的な所作だ。マクラーレンのロードカーは理詰めに過ぎて面白味に欠けるという声もあるが、おおよそ考えられるネガを徹底的に排除してきたからこそ、無駄のないすっきりとしたドライブフィールを実現している。F1というコンペティションの世界で常にトップレベルの座に君臨し続けられてきた背景を持ついま、F1の電動化の知見がこのモデルにも生かされていることを思えば、アルトゥーラもまた、現代のマクラーレンF1ロードカーであり、スーパースポーツの歴史に新たなページを刻む一台なのである。
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https://cars.mclaren.com/jp-ja/artura
文/桐畑恒治 撮影/望月浩彦