2018年6月に日本導入が行われた「アルピーヌA110」がマイナーチェンジ。よりパワフルになったエンジンを搭載した「A110 GT」は、軽量ボディと300馬力の純粋なるガソリンエンジンとの組み合わせで、どのような世界観を実現してくれたのか?
1992年に自身初にして、念願のF1ワールドチャンピオンというタイトルを獲得したナイジェル・マンセル(以下、マンセル)。80年代から90年代に掛けてF1界を盛り上げてくれた名ドライバーだ。そんな彼は身長が180センチ、体重は80kgを超えていたと言われ、小柄なドライバーが多い中にあって、サーキットではかなり目立つ存在だった。
さてここからは確証のある話ではないのだが、ウイリアムズホンダ時代のマンセルに対して、チームオーナーのフランク・ウィリアムズ(昨年11月逝去)から、ある提案があったという。
「10kgダイエットしてくれたら、君に1億円のボーナスをやる」というのである。ケチなことでも知られた闘将からの提案は、我々メディア関係者の間でも、まことしやかに囁かれていた。もちろん真偽のほどは不明だが、根も葉もない話とは誰も思わなかった。
現在もそうだが究極のF1マシンは、グラム単位での「軽量化」にエンジニアたちは血道を上げていた。それもそのはずである。一般的なサーキットでは、1kg分の重量増が1周あたり0.035秒ほどのハンデになると言われていた。つまり車重以外の条件をすべて同等とした場合、重量が10kg違えば、1周でコンマ3秒、10周すると3秒以上の差が付くことになる。軽量化は勝利のための「絶対正義」であり、1グラムを削るのに千万円単位の金がかかるとも。その上で、さらなる軽量化を求めるなら、ドライバーのダイエット以外に道はなくなる。そうなるとマンセルへのボーナスの話も、まんざら嘘でもなさそうなのである。ちなみに2013年のことになるが、マンセルはマシンとドライバーの合計による行き過ぎた最低重量制限に対し、「大柄のドライバーほど不利になる」と強く異を唱えている。
一般的な市販車にとって、ここまでストイックな軽量化はもちろん現実的ではない。だが、車重は燃料消費を削減するだけでなく、運動性能の善し悪しをも大きく左右し、運転の楽しさに直結する重要な要素でもある。とくにスポーツカーにとって「軽さは正義」、「軽さは最高の性能」というコンセプトは外せない条件となるのである。
その基準で今回マイナーチェンジを受けたフランスのスポーツカー、アルピーヌA110 GT(以下A110)を見てみる。車重は1130kgであり、そこに300馬力のエンジンを載せている。軽自動車のワンボックス車が車重1トンあまりのボディに4人を乗せ、60馬力前後のエンジンを回しながら、ちゃんと走っていることを考えると、A110の運動性能はかなり高いと言うことになる。
こう見ると300馬力という出力は1トン少々のボディに十分だと感じられる。だが、スポーツカーとしてはどうなのだろうか? たとえば車の加速性能の目安として用いられる「パワーウェイトレシオ」という数値がある。車の重量(kg)を馬力(PS)で割った係数で、その単位は計算式のまま「kg/PS」。一般的にスポーツカーと呼ばれるのは10.0 kg/PS以下がほとんどである。それで見るとA110は3.77 kg/PSとなり、スポーツカーとしてもかなり強烈ということになる。国産車でいえば1.8トンのボディに507馬力エンジンを積み込んだホンダNS-Xより、少し悪い程度であるが、それでもトップクラスの加速力を示す数値である。他のライバルを見ても1.8トン前後の重量ボディに400馬力から500馬力ほどの大出力エンジンを積み込んだ車がほとんど。そんな中にあってA110の軽量ボディに300馬力エンジンは十分なのである。
体にピタリと張りつくようなフィット感を持つバケットシートに収まり、ワインディングに飛び出してみる。600馬力あまりのスーパースポーツの強烈さのような、大出力に任せた加速と言うより、切れ味鋭くシャープに加速していくフィーリングだ。軽さが加速感の心地よさにも確実に効いている感覚である。アクセルの踏み込み量にピタリと合わせるかのようにレスポンス良く加速していく感覚がなんとも心地いい。
さらにコーナリング時の遠心力(コーナーの外に飛び出そうとする力)も感じることも少なく、車体の傾きも少なく、実に安定している。これはサーキット走行などを目的にしたレーシングカーには理にかなったパッケージングだ。つまり速く、ハイレベルな走りを支えるための「正義」である。軽さとミッドシップが創り出す走りは、まさにオンザレールの感覚であり、その走行感の軽さ、軽快さは極上のひとこと。一方で、それほど飛ばしていなくても、独特のしなやかなサスペンションの味つけの良さによって路面にピタリと張りついたような走りが味わえる。軽さのなせる技による車だけが勝手に前に行くような感覚ではなく、ドライバーの意志を寄り添うような走りこそ、本来の人馬一体感だと、改めて感じた瞬間であった。気が付くと笑顔しかなでもない感覚であり、それこそスポーツカー本来の快感だと思った。さらに言えば軽さは14.1km/L(WLTCモード)という燃費にも効く。つまりSDGsの一助にもなると言うことだ。
すっかり満足したところで、あることを思いだし、少しだけ気分が沈んだ。このクルマは完全なるエンジン車であることは、時代においての「不正義」なのかも……。世界的に進む「電動化の波」には逆らうことは出来ない。アルピーヌは2025年より3車種の新型EVを投入、将来的に電気自動車(EV)専用ブランドとなることを目指している。そうなれば大量のバッテリーを搭載するEV車は相当重いクルマになる。その増加分を考えた上でスポーツ性を維持するためには出力を上げるしかない。そこには「軽さは正義」という考え方と矛盾を抱えることになる。
別に世界的なEV化の流れに反対するわけではないが、最近、こんな情報が届いた。
「イタリアはブルガリア、ポルトガル、ルーマニア、スロバキアと共に2035年のEUの化石燃料車禁止令に反抗し、2040年までガソリン車を認めることにした」。これは実に冷静で合理的な判断だと思う。残念ながら現在のEVシフトはクルマ作りの覇権争いに利用されている点も、もう一度冷静に議論すべきだと思う。もちろん、それでも次期A110はハイブリッドを含めた電動化は確実。そなると、いまステアリングを握っている純粋なエンジン車の、この軽く、楽しい感覚を存分に楽しめるのも、最後の機会になるのかもしれない。
(価格)
8,930,000円~(GT/税込み)
<SPECIFICATIONS>
ボディサイズ全長×全幅×全高:4,205×1,800×1,250mm
車重:1,120kg
駆動方式:MR(ミッドシップ)
トランスミッション:7速AT
エンジン:水冷直列4気筒DOHCターボ 1,798cc
最高出力:221kw(300PS)/6,300rpm
最大トルク:340Nm(34.6kgm)/2,400rpm
問い合わせ先:アルピーヌ・コール 0800-1238-110
TEXT:佐藤篤司(AQ編集部)
男性週刊誌、ライフスタイル誌、夕刊紙など一般誌を中心に、2輪から4輪まで“いかに乗り物のある生活を楽しむか”をテーマに、多くの情報を発信・提案を行う自動車ライター。著書「クルマ界歴史の証人」(講談社刊)。日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ)会員。