初めて欧州に新型車の試乗を兼ねて出かけた時、欧州ではロールス・ロイスやフェラーリなど日本では滅多に見られない高級車やスーパースポーツが走っていると思っていた。当時、まだ日本では「メルセデスが六本木のカローラ」といわれるバブル時代より前の話だ。ロンドン、パリ、フランクフルト、ローマと、欧州の主要都市に滞在し街を走り回ったが、フェラーリは新旧どの車種にも出会うことがなかった。ドイツもフランクフルト以外でポルシェ「911」に出会うことはなかった。パリで古い「911」に出会う程度だ。フェラーリを最初に見たのはスイスのジュネーブ郊外の高速道路。しかも何台も。日曜日の早朝が多かった記憶がある。共通していたのは、例外なくみんな時速100km程度でのんびり走っていたことだった。
その理由は、その後、スイスに取材に出かけた時に判明した。のんびりとフェラーリを運転していたのは、ほとんど初老の男性ばかりだった。彼らは、功成り遂げ余生をスイスで送っていた富裕層。趣味のクルマを購入し、休日の早朝に道が混んでいない時にドライブを楽しんでいたわけだ。当時のフェラーリはそういうクルマだと思っていた。その後、別の取材中に、筆者の中でフェラーリというクルマの位置付けが変わる出来事があった。そのイタリア取材はローマだけでなく、ミラノ、ジェノヴァが中心だった。取材先はたいていがエレベーター付きの豪邸で、当然、ガレージ拝見となるのだが、必ずと言ってよいほどそこに収まっているのは数台のクラシックカーやヒストリックレーシングカー、ラリーカー。そして普段使いの実用車、その隣にフェラーリなのである。
フェラーリの車種は、主人の好みにもよるが1台はフロントエンジン。12気筒フェラーリだった。当時、V8も発売されていたが「12気筒エンジン以外のストラダーレはフェラーリと呼ばない」と言ったエンツォの言葉を彼らは守っていたのだ。
「ガレージに納まっているフェラーリにはいつ乗るのか?私は何回かイタリアに取材に来ているが、街中でフェラーリに出会ったことがほとんどない。」
ある40代の富豪に尋ねたことがある。
「君の言っているのは昼間のビジネスタイムのことだろ?」といって、私の耳元でこう囁き続けた「このクルマは夜、闇夜に乗るクルマなんだよ」
その時は、とっさに意味が解らなかったが、裕福なイタリアの紳士の夜の行動を知り、納得した。もうひとつ納得できたのは、闇夜を走るフェラーリは「スパイダー」が多い、ということだった。今でも印象に残っている闇夜のスパイダーは某富豪の敷地の地下駐車場に停めてあった赤いボディーの「365GTC」。実に、セクシーなクルマだった。これなら、闇夜に乗じて出掛けたくなるのもわかった。フェラーリが2019年12月にマラネッロで、フェラーリ「ローマ」を発表した時「ラ・ノーヴァ・ドルチェヴィータ」を体現したと言っていたが、今ひとつピンとこなかった。あの時から3年半、2023年3月、モロッコのマラケシュ。2023年5月に東京の特設会場で発表された「ローマ スパイダー」を見た時に、イタリアでの「ラ・ノーヴァ・ドルチェヴィータ(新しい甘い生活)」の世界を思い出した。
あの時のミラノの富豪は、もしかしたら、今はスイスで余生を過ごしているかもしれないが、時を戻したら、きっとあのガレージには「ローマ スパイダー」が納まっているに違いないと思った。このセクシーさは間違いなく、暗闇の帝王だ。フラヴィオ・マンゾーニ率いるフェラーリ・スタイリング・センターでは、このクルマをデザインする時に優雅で開放的なオープンエアドライブを楽しめるモデルを目指したという。特徴はファブリック製のソフトトップだ。フロントエンジンの跳ね馬にソフトトップモデルがラインナップするのは1969年の「365GTS4」以来だという。当時の「GTS」はピニンファリーナの「GTS」とスカリエッティの「GTS/4デイトナ」を思い出せるが、当時の生産台数や人気度から察するに、後者のイメージだろう。
「ローマ スパイダー」の美しさのもうひとつのポイントはソフトトップの形状だ。クーペのなだらかなファストバックルーフを再現するために、リアスクリーンはソフトトップの一部とし、ルーフを開く時にトノカバーの下に折り畳まれるようにした。斜め後方からのシルエットが特に美しい。「ローマ スパイダー」に抜かれたドライバーが見る光景でもある。
夜のとばりが降りる頃、ハンドル中心部下にある赤いスターターボタンで「ローマ スパイダー」は目を覚ます。プライベートタイムの始まりだ。海の見えるウイークエンドハウスで待つ美しい友人のところを目指す。
V8、ツインターボを目一杯回す。6000回転以上になるとハンドル頂部に内蔵されているインジケーターが赤く点灯し、シフトアップを促す束の間の楽しみだ。いつもより早いペースで友人のもとに到着。ちょっと遅いが顔なじみのビストロで深夜のディナー。ウイークエンドハウスに戻る車内。
低い声でのささやきも「ローマ スパイダー」は8速AT,1000回転で流せるので、助手席との会話は十分に成り立つ。常にエクゾーストノイズとやらが侵入してくるスーパーカーとは違うのである。そして、早朝の都会。朝帰りの街中をソロツーリング。「ラ・ノーヴァ・ドルチェヴィータ(新しい甘い生活)」がこれほど似合うクルマはない。
■関連情報
https://www.ferrari.com/ja-JP/auto/ferrari-roma-spider
文/石川真禧照 撮影/望月浩彦