欧州には、約3000社の同族経営の会社があるという。その中でドイツには約1200社が集まっている。一家が経営を任され、なおかつ、経営状態もその業界でベスト10以内に入っている企業がこれだけあるのだ。その扱い品目は、例えば犬の首輪で世界No.1という同族企業もある。クルマの世界では、ポルシェ一族や、ポルシェ家の娘婿、ピエヒ家がフォルクスワーゲングループやポルシェに係わっている。クヴァント家はBMWと深い関係にある。こうした同族企業や一族は、独自の社交場で交流を図っている顔見知り同士でもあるのだ。
そして、ボーフェンジーペン家もそのひとつ。ドイツ・バイエルン州でタイプライターなどの事務機器を製造していたメーカーだったが、創設者の子息が自身の愛車をチューニングしたことから、自動車関係の会社としてのALPINAがスタート。これが1965年のことで、事務機器製造の同族会社ボーフェンジーペン家の新しい企業としてのはじまりだった。ALPINAのチューニングしたエンジンが話題になり、スタートからわずか3年後には、ALPINAはBMWの公認チューナーとなっている。
BMWの公認チューナーがこれ以降、現在までひとつも生まれていないことを考えると、この抜擢は異例のこと。いくら製品が優れていても、当時でも年間生産台数が10万台以上ある自動車メーカーが、年間数百台のチューナーに対して、ホワイトボディーを渡し、部品を組み付けて、独自にチューンしたパワーユニットを搭載し、BMWの販売網で売る、ということをするだろうか。もしそこまでしたとしても経営陣がそれを了承するのかという疑問も浮かんでくる。
そこで考えられるのが、ドイツの同族経営だ。名家のボーフェンジーペン家とクヴァント家の関係だ。商売よりも家の関係を重視する。そこにはドイツ独特の商習慣があるようだ。2022年3月11日、ALPINAから発表されたメッセージは、2025年末をもってALPINAブランドの商標権をBMWグループに譲渡するということだった。今でもボーンフェンジーペン家とクヴァント家の関係は続いていた。
昨今のクルマを取り巻く環境は、CO2問題だけを取り上げても厳しい。年間2000台程度の自動車メーカーALPINAにとってはEV開発などにかける費用も莫大なもの。このままでは立ちゆかなくなるのは目に見えていた。幸いALPINAは、ワインの販売などでも収益を上げていた。クルマに関してはレストアやマニアックなパーツ造りで関わりを持ち、業界との関係を保つ。どちらが提案をしたのかは知る由もないが、新しいALPINAの方向は決まった。両家の合意の元で今回の譲渡が決まった。
メーカーとしてのALPINAはBMW傘下に入るが、ALPINAが開発し、これから数年の間に登場する予定のALPINAは、そのまま開発が継続されるということだった。生産もALPINAのブッフロー工場で、従業員も同じメンバーで、BMW傘下のALPINAが生産される。ボーフェンジーペン家とクヴァント家。ドイツの同族会社や一族は、お互い助け合いながら、その存在を認め合っているのだ。
そして、ALPINA最後のモデルの1台が「B3 GT」だ。「3シリーズ」をベースに、ALPINAがこれでもか、と言わんばかりにチューニングしたクルマは、記念すべきモデルに仕上がっていた。ベースになったBMWの車両は「M340i」。外観は、フロントスポイラーの追加やサンルーフ仕様でのルーフ前端のスポイラー(時速300kmで空力特性も改善)、ホイールはALPINA CLASSICの20本スポークで、その奥にはフローティング構造+ドリルドローターのハイパフォーマンスブレーキがのぞいている。タイヤはピレリ「P-ZERO」、フロントは255/30ZR20、リアは265/30ZR202だ。
走り出す前にエンジンルームをチェックした。そこには、ウワサには聞いていたが金色に塗られたストラットタワーバーならぬタワーバン(板)がエンジン本体の上に装着されていた。厚い板とそれを固定する太いボルトがいかにもボディー剛性を高めているかのよう。
おそらくシャーシや足回りのチューニング担当者が見たら、ここまでできれば楽しいのに!と言ってしまうぐらいの装備。ALPINAはそれを自社生産ブランド最後のモデルで実践したのだ。その効果は絶大でコーナリングから乗り心地まで、30サイズのタイヤを履いているとは思えないほどの、乗り心地とコーナリング性能を存分に味わうことができた。
もちろん動力性能も1860kgの車体に529PS 、5730Nmは十分で、手持ちのストップウォッチでも0→100km/hは3秒台を記録。ALPINAの表記する306km/hの巡航最高速度は中東の直線道路でないと確かめられないかもしれが、ALPINAに偽りはないだろう。
日本の高速道路で100km/h巡航、エンジン回転1400回転など「B3 GT」にはアイドリングのようなものだろう。それでもハンドルを握っていると楽しくなってしまうのがALPINAマジック。ボーフェンジーペン家からクヴァント家に主導権は移ったが、その経緯を見ていると、しばらくはALPINAマジックを味わうことはできそうだ。
■関連情報
https://alpina.co.jp/cars/b3-gt/
文/石川真禧照 撮影/望月浩彦