多様化が進む現代。もちろんそれは自動車の世界も例外ではなく、さまざまなカテゴリーにおいて多様な方向性が生まれている。最も顕著なのはパワートレインの進化だ。従来の内燃機関に加え、ハイブリッドや純電動といった新たな選択肢が台頭している。また、車両形状にも変化が見られる。かつて王道とされた3ボックスのセダンに対し、本来は派生種だったSUVやクロスオーバーが今や路上を席巻している。ラグジュアリー市場でも同様に、老舗ブランドが伝統的なサルーンとともに高級SUVをリリースする流れが定着しつつある。
こうした時代の潮流の中、自動車界の先駆者であり、王道を歩んできたメルセデス・ベンツが満を持して送り出したのが、メルセデス・マイバッハ「GLS600」だ。これはまさに多様化の象徴ともいえる一台である。メルセデス・ベンツは常に高級車の代名詞であり、そのトップモデル「Sクラス」は長年、高級車の代表格として君臨してきた。そのメルセデスがショーファーカーとしての使用を前提とした超高級SUVを投入したのだから、もはや異論の余地はない。
車名が示すとおり、この最高級SUVはメルセデスのサブブランド「マイバッハ」からリリースされた。ただし、サブブランドという表現が適切かどうかは議論が必要かもしれない。というのも、メルセデス・ベンツとともに、マイバッハそのものが自動車というモビリティやラグジュアリーの分野で重要な役割を果たしてきたからだ。ガソリンエンジンの開発が進んだ19世紀後半、すなわち自動車の黎明期にカール・ベンツ、ゴットリープ・ダイムラー、そしてヴィルヘルム・マイバッハという三人の名技師が築いた技術基盤こそが、今日のガソリン自動車およびメルセデス・ベンツというブランドの礎となっている。
マイバッハは、1890年代後半からの自動車用および航空機用エンジンの開発を経て、高級自動車の製造に着手。V12エンジンを搭載したマイバッハ車は、当時のメルセデスを凌駕するほどの性能を誇り、1920年代にはすでにラグジュアリーカーとしての高い地位を確立していた。ただし、マイバッハとメルセデス・ベンツは明確な競争関係にあったというよりも、むしろ自動車黎明期ならではの好敵手として切磋琢磨する間柄だったと言える。その関係が、現代のブランド展開につながっているのである。
マイバッハ・ブランドの現代における復活は2002年。当時のダイムラー・クライスラーのもと、メルセデスのさらに上を行く高級ブランドとして再登場を果たした。その後、一時的にラインナップが消滅するものの、2015年に「メルセデス・マイバッハ」として再び登場。現在では、メルセデスの既存モデルをベースにしながらも、マイバッハならではの豪奢な仕立てを施すスタイルが確立されている。メルセデス・マイバッハ「GLS600」も、その流れを汲むモデルのひとつだ。
このマイバッハ「GLS600」は、メルセデス・ベンツのフラッグシップSUVである「GLS」をベースにしている。外観の基本デザインは踏襲しつつ、繊細なグリルやクローム加飾が施され、マイバッハらしい華やかさを演出。フロントバンパーのインテークにはマイバッハのエンブレムがモノグラムとしてあしらわれ、随所に特別な意匠が散りばめられている。特筆すべきは、SUVとして初めてスリーポインテッドスターのボンネットマスコットを採用した点だ。グリル上辺の「MAYBACH」のロゴと相まって、その存在感を一層際立たせている。
インテリアには、マイバッハならではのラグジュアリーが徹底されている。ドアを開けると電動ステップ(格納式ランニングボード)が自動展開し、特に後席用のステップは幅広に設計されている。これだけでも、この車がショーファーカーとしての性格を強く持っていることが伝わるだろう。「GLS」はもともと3列シートの7人乗りSUVだが、マイバッハ「GLS600」では3列目を廃し、5人乗りを基本とする。リアシートは120mm後方に配置され、足元のスペースを広大に確保。ラゲッジルームとは完全に仕切られ、静粛性が向上している。さらに「ファーストクラスパッケージ」を選択すると、後席は独立2座仕様となり、より贅沢な空間が生まれる。センターコンソールにはワインクーラーも備えられ、まるでラグジュアリーなラウンジのようだ。
そんな豪奢な「GLS600」のステアリングを握ると、自然と心に余裕が生まれる。ドライバーズシートにも贅を尽くした仕立てが施され、視界の広さと相まって、ゆったりとした気分で運転に臨めるからだ。大型ディスプレイやヘッドアップディスプレイ、最新のMBUXインフォテインメントシステムも完備されているから、何より運転に集中できるのがいい。
マイバッハのエンブレムがあしらわれたペダルに足を乗せ、アクセルを踏むと、4ℓV8ツインターボに48V電源のマイルドハイブリッド「ISG」を組み合わせたパワートレインが、約2.8トンの重量級ボディを軽々と押し出す。だが、その挙動はあくまで上品で、鋭さよりもしっとりとした滑らかさが際立つ。まさに、ショーファーカーとしての洗練と、SUVらしい力強さを見事に両立させたフィーリングだ。
足元を支えるのは、堂々たる23インチのホイール。だが、荒れた路面を走っても振動は巧みに抑え込まれ、不快な突き上げとは無縁だ。エアサスペンションとE-ABC(電子制御アクティブボディコントロール)が絶妙に機能し、高級サルーンのような快適な乗り心地を実現している。さらに走行特性を切り替えるダイナミックセレクトの「マイバッハモード」を選べば、後席の快適性を最優先した制御に切り替わり、まさに「走るラウンジ」と呼ぶにふさわしい静粛性と乗り味を提供する。
とはいえ、この「GLS600」が単なるショーファーカーにとどまらないのも魅力だ。たとえば「カーブモード」では、車体をわずかに傾けてGを打ち消し、コーナリング中の安定性を向上。スポーツモードに入れれば、巨体とは思えないほどフラットで安定した挙動を見せる。つまり、メルセデス・マイバッハ「GLS600」は、ショーファーカーとしての究極の快適性と、運転の楽しさを両立した希有な存在と言えるだろう。
後席の住人にはその上質な仕立てと空間でこのうえない快適性を提供し、ドライバーには研ぎ澄まされたドライブフィールでもてなす。それはまさにラグジュアリーの新たな可能性を示したものと言えるのではないだろうか。老舗ブランドの矜持が息づくこのモデルは、多様化する高級車の世界に新たな価値を提案している。あるいはこれなら外遊びも優雅にこなせるかもしれない、そんなことも想像させる、興味深い一台でもある。
■AQ MOVIE
■関連情報
https://www.mercedes-benz.co.jp/passengercars/models/suv/gls-maybach/overview.html
文/桐畑恒治 撮影/望月浩彦