レーシングドライバーだったブルース・マクラーレンが、1960年代に創設したレーシングチームがマクラーレン。本人は1970年にレースで事故死したが、チームは優秀な後継者に恵まれ、今日まで存続しF1でも活躍している。市販のスポーツカーは1992年にマクラーレンF1というスポーツカーを発売したが、本格的に開発をはじめたのは2010年から。
当初はF1でのパートナーであったメルセデス・ベンツをベースにしたスポーツカーを開発したが、2014年から独自に開発、生産したスポーツカーを販売している。今回取り上げた「750Sクーペ」は、マクラーレンスーパーカーシリーズの最新モデルであると同時に最速モデルだ。
先代は「720S」だが、約30%のコンポーネンツの刷新や変更を行っている。とくに軽量化に関しては、カーボンファイバー製モノコックをはじめホイールやシート、サスペンション素材からエンジンパーツにまで至っている。こうして約30kgの重量削減を実現、乾燥重量は「720S」よりも約30kg軽い1277kgに抑えられた。パワーユニットはV8、4.0Lツインターボで、最高出力750PS(車名の数字)、最大トルク800Nmを達成している。車両重量に対し出力の割合は市販スポーツカーでトップの数値だ。
「750S」の基本的なスタイリングは「720S」と大きくは変わっていないように見える。マクラーレンスポーツの特徴である上に開くディヘドラルドアを開けて、運転席に座る。着座位置は低めだ。ドアを開けて、手を伸ばすと路面に触れることができそう。手を上に伸ばしてドアを閉める。電動のハンドルを調整し、ポジションを整える。ハンドルはシンプルで、スポークに操作系のスイッチなどはない。ドライバーが運転に専念できるように、という設計だ。
「750S」の軽量化はボディーでも徹底している。カーボンファイバーのシェルシートは「720S」の標準シートより17.5kgも軽い。運転席の目の前にあるインストゥルメントディスプレーも1.8kg軽く、フロントウインドウのガラスも1.6kg軽量化されているという。軽量化に対する技術陣の執念はすさまじいものがある。プレスリリースを読んでも、いかに各部分で軽量化されたかを具体的な数値で表記しているほどだ。
低くてタイトなドライバーズシートに座るが、圧迫感はない。Aピラーは細く、Cピラーはガラス張り。360度に近い視界が確保されている。電動スイッチで好みのポジションを決め、走り出す。ハンドルに操作系はないが、メーターの両側などに必要なスイッチ系がレイアウトされているので、ハンドルから手を離さずに操作することができる。
7速ATはセンターパネルにあるスイッチを操作する。D/N/RのDを押し、スタート。ATの操作のほかに、パワートレイン/ハンドリング/トラックの各パートをコントロールするモードもある。コンフォート/スポーツ/トラックの3モードだ。一般道はコンフォートモードを選択する。
V8、4.0Lのツインターボは、スタート時には爆音系のエキゾースト音を発したが、Dレンジにシフトし、走り出すとエキゾースト音を抑えられ、平和なクルージングがスタートした。驚いたのはV8エンジンの低回転域でのフレキシブルさ。750PS、800Nmというスーパーハイパワーのエンジンだが、街中では次々とシフトアップし、なんと7速、1000回転というアイドリングみたいな回転数で走行するのだ。乗り心地も低速域でのゴツゴツした動きと上下動はやや発生するが、不快感はない。
もちろん、こういった低回転走行が「750S」の特徴ではない。何しろ「750S」はマクラーレンの中で最も軽量でパワフルな生産モデルなのだ。試しに低速ギアでアクセル全開を試みると、V8、4.0Lのツインターボは、勇ましい吃哮を周囲に響かせながら、一気にレッドゾーン(8200~9000回転)手前の8000回転まで一気に上昇し、シフトアップした。
この時、注意しなければならないのは「750S」は後輪駆動であるということ。750PS、800Nmのパワー&トルクは、305/31ZR20のピレリ「P ZERO」のわずかな接地面で、路面に伝えられているのだ。後輪の動きに集中して、ハンドル操作を行なうことが必須だ。
ちなみに5000回転まで各ギアで回しても1速40、2速65、3速90、4速115km/hに達してしまう。一方、100km/h走行は、5速3000回転、6速2500回転、7速1900回転なので、常にアクセル・オンで力強い加速を楽しませてくれる。
高速走行ではコンフォートモードより、スポーツモードのほうが、安定性が高い。低速域ではザラザラと細かい振動があるが、車速を高めていくと、硬さが感じられ、路面の目地乗り越えの振動など、硬いが上下動は瞬時に抑えられている。720PSよりわずかに拡くなったフロントトレッドの効果も相乗し、抜群の直進性を保ち、疾走する。高速コーナーではハンドルは重く、切り込んでの戻しも少ないので、レーシングカー的な操作を要求される。
ブレーキもストッピングパワーは強くペダルを踏むことが必然となる。外から見た時の「750S」は、運転席がかなり前進し、フォーミュラカーのようなポジションだった。それはハンドルを握り、高速走行になった時に特に感じた。しかし「750S」が凄いのは、その領域に達する前の走行は、視界も含めて、乗りづらいところもなく、街中を流せることもできることだ。正反対の性格を表現する「ジキルとハイド」という言葉は、まさにこの「750S」のドライビングインプレッションのことを指している。
■関連情報
https://cars.mclaren.com/jp-ja/750s
文/石川真禧照 撮影/萩原文博