アウディというブランドに対して、まず「ドイツ製品らしい謹厳実直」なイメージを思い浮かべる人は多いだろう。あるいは、近年のスマートなデザインや洗練された印象を挙げる人もいるかもしれない。さらには積極的な技術革新とその信頼性の高さでも広く知られている。つまり、多くの人にアウディはクールで理知的なブランドとして映っているはずだ。
また一方で、古くからのクルマ好きにとってアウディは、1980年代の世界ラリー選手権(WRC)での輝かしい功績が強く記憶に刻まれているだろう。当時、二輪駆動で競われていたWRCに革命をもたらしたのがアウディだからだ。ラリー競技が年々ハイパワー化する中で、そのパワーを滑りやすい路面に効率的に伝える手段として採用されたのが四輪駆動(4WD)であり、アウディが開発したフルタイム4WDシステム「クワトロ」がその主役を張った。ちなみに、この技術の開発を主導したのはフェルディナント・ピエヒ技師。後のフォルクスワーゲン・グループの会長としても知られる人物である。
そのクワトロ・システムを搭載したラリーカーは、圧倒的な性能で数々の勝利をモノにし、一時代を築いてアウディのプレゼンスを大きく引き上げた。アウディはこの成功をブランド戦略に活用し、「Vorsprung durch Technik(技術による先進)」というスローガンを掲げたイメージ戦略を展開。これにより、市販車の販売も好調に推移し、アウディはメルセデス・ベンツやBMWと肩を並べるドイツのプレミアムブランドへと成長したのである。
そんなアウディの技術革新の集大成とも言えるモデルが、今回紹介する「e-tron GT」だ。アウディは電動化モデルに「e-tron」という名称を冠しており、これは同社のピュアEV(電気自動車)を意味する。アウディのEV開発は2009年に始まり、2018年にはロサンゼルス・オートショーでSUVタイプの市販モデル「e-tron」と、この「e-tron GT」のコンセプトモデルを発表した。前者は内燃機関搭載モデル「Q8」をベースとしたEVであるのに対し、後者はフォルクスワーゲン・グループの大型EV専用プラットフォーム「J1」を採用した初のモデルであり、アウディのEV戦略の本格的な始動を示すものだった。
「e-tron GT」のデザインは、スポーツカーを彷彿とさせるロー&ワイドなスタイルと、グラマラスなフォルムが特徴だ。それまでのフラッグシップ・スーパースポーツカーである「R8」のようなダイナミックなスタイリングを有しながら、それでいて、大人5人が快適に座れる室内空間を確保している。これはスペースが嵩む大きなエンジンを必要としない、EVならではのパッケージングの賜物と言えるだろう。
J1プラットフォームの前後軸には1基ずつの電動モーターが搭載され、4輪を駆動する。つまり「e-tron GT」もアウディの得意とするクワトロ4WDシステムを採用しているのだ。ふたつのモーターによるシステム出力は530PSと640Nmを発生、R8が積んでいたV10ユニット(540PS/540Nm)に匹敵する性能を誇る。ちなみに「e-tron GT」は2024年にマイナーチェンジを受け、出力が向上した新モデルが登場したが、こちらはまだ日本に上陸していないため、今回の試乗車はマイナーチェンジ前のモデルを連れ出している。
筆者が初めて「e-tron GT」に触れたのは2021年の日本導入直後だったが、今回久しぶりに対面しても、このクルマから溢れ出る躍動感に、変わらず笑みがこぼれた。一般的にEVというとエココンシャスで控えめな印象を抱きがちだが「e-tron GT」は違う。そのダイナミックなスタイリングがまず、操る楽しさを予感させるのだ。全体的なラインはアウディがスポーツバックと呼ぶ流麗なハッチバックのようにも見えるが、実際のところは独立したトランクを持つノッチバック。通常ならエンジンルームのあるフロント部分にも収納スペースが備わり、スポーツカー然としたスタイルながら高い実用性も有しているのも嬉しい。
運転席は“コクピット”という呼びにふさわしい、適度な囲まれ感が演出された造形となっている。EV特有の近未来的な雰囲気を過剰に強調せず、従来のアウディ車からの流れを感じさせるレイアウトで、物理スイッチも適度に配置されているため、内燃機関車から乗り換えるユーザーも違和感なく操作できる。そんな仕立てにアウディの見識を感じる。
実際に走り出しても、ステアリングやアクセル操作に対する応答は驚くほどナチュラルだった。キュイーンというモーター駆動ならではの磁励音が耳に届くが、操っている感覚はまさに内燃機モデルのよう。ワイドトレッドとロングホイールベースを活かしたスタンスのおかげで高速直進安定性は高く、旋回時のスタビリティも抜群だ。前後モーターは状況に応じて駆動力配分を100:0~0:100、すなわち完全な前輪駆動から四輪駆動、そして後輪駆動へとシームレスに制御されるため、たとえば速いペースでワインディングを走っていても適切なトラクションが確保されるため、破綻するようなそぶりはまったく見せない。つまりは電気でもアウディ・クワトロの真骨頂が味わえるということだ。
ステアリング操作に対する動きとともに、リニアに反応してくれるモーターのピックアップの良さとも相まって、リズミカルに操れるのも「e-tron GT」の美点。さすがにその広い車幅には注意が必要だが、その安定性とリニアな加速感は、まるで巨大な電動カートを操るような感覚さえ覚える。筆者自身はe-tronシリーズとして初となるSUVモデル(現行でいうところの「Q8 e-tron」)の海外試乗会の際、同社にとって初めてのEVでありながらその完成度の高さに驚かされたが、それはこの「e-tron GT」を操っても同様の印象だ。
さらに「e-tron GT」はアクセルオフ時の回生ブレーキの効き具合やコースティング(滑走時)の挙動も極めて自然で、ドライバーの意図に忠実だ。この回生ブレーキの効きはステアリング裏のパドルで調節可能で、内燃機関車のエンジンブレーキのような感覚でコントロールできる点も、運転の楽しさと扱いやすさを高次元で実現する要素である。
かようにしてアウディの哲学と先進技術が結集した「e-tron GT」は、EVとしての運転する楽しさを存分に提供するモデルだ。ブランドイメージどおりのスマートで洗練されたEVライフを送りたい人にとって、これ以上ない選択肢と言えるだろう。
■AQ MOVIE
■関連情報
https://www.audi.co.jp/jp/web/ja/models/e-tron-gt/audi-e-tron_gt.html
文/桐畑恒治 撮影/望月浩彦